第10話

数年ぶりの人間との会話は目新しいものに感じられた。


今まで声をかけられたことがあっても、挨拶程度で長話をすることなんてなかったからだ。


(お母さん、子の勢いに押されてたな……あんなのが毎日だったら疲れるよ)


トフシイは親子連れの客も多いので頻繁に目撃しているが、小さな子供は親の目を盗んで1人であちこち行ったり、大声で泣き喚き暴れたりしている場面も多く、傍で仕事や休憩をしているモチオも気が気でない時が度々あった。


(ウクーは子育てなんてないからな……ラクで良かった)


ウクーには男女の区別はあるが、ウクーどうしが交わっても子は成せない。


彼らを創り出せるのはウキウクの主のみで、それも生まれた時には6、7歳頃まで成長しているので、内世界から出ない限り乳幼児と関わることはなかった。


(そろそろ戻ろ……)


モチオが内世界に戻ろうと踵を返すと、

「なんか嬉しそうだな」

背後から声がした。


「あ、いたんだ」

振り返るとニミコが茶色い紙袋を持って立っていた。


「さっきのは知り合いか?」

「ううん、たまたま……ってニミコは耳良いんだから全部聞いてたんじゃないの?」


「盗み聞きなんて趣味悪いことしねえよ。子供がウクウクうるさかっただけで」


「そうそれ。子が私に向かって『ウクー』って言うからびっくりして。でも違ったよ。ウクーっておやつのことだった」


「で、正体をばらしたのか?」

「うん。成り行きで。きっと変に思われただろうし、もう来ないよ」


「……あんまり深入りするなよ」

「わかってる」


ニミコはウクーが人間と関わるのをよしとしない。

それはきっと、人間に入れ込んで罰せられたリルのことを思い出すからだろう。


「ところで、またリルの姿を見たって話があったんだ」

「やっぱり帰ってきてるんだ。でもどこで何してるんだろ……」


「さあな。昔の恋人にでも会って充実してるんじゃねえか?」

「それ余計に悲しくなるんじゃない?……って、50年前は3人しかいないって言ってたけど」


「あ、お前もその1人だったな」

「もうそのことは言わないで……!!」

「わかったよ、そんな怖い顔すんなって」


思わず声を荒げたモチオにニミコは少しひいていた。


「ごめん……でも、抜け殻になってたら怖いな」

「お前ビビりだな~」


「わたし達と何の関係もないなら全然怖くないけどリルだよ。

ニミコに復讐しようと企んでるんじゃない?

もしもニミコがいなくなったら橙ウキウクここは枯れてしまうよ……」


「言い過ぎだろ。それに勝手にオレを殺すな。

まあ、オレ1人いなくなっても何も変わりゃしねえよ。

うるさいのが減って助かる奴らもいるんじゃね?非難してた奴らなんて特にな」


リルが橙ウキウクを去ったことは極秘のはずだったが、ごく一部に情報が漏れてしまい、彼の恋人やファンなどにしばらくの間ニミコが非難される状況の中、モチオは「事故だった」と弁明していた。


「……オレもいつかは消えるし」

「それはそうだけど……まだまだ先のことじゃないか」


ウクーは寿命が近付くと全ての感覚が鈍り、次第に動けなくなって静かに息を引き取るらしい。


(わたしはずっとニミコの傍にいたいんだよ……って素直に言えないのがわたしの意気地のないところなんだよなあ……

別に改まって言うことでもないんだけど)


モチオにとってニミコは気の置けない仲で、それとともに好意も抱いていたが、当の本人はその気もないし、思いを伝えたところで何か進展があるわけでもないので、心のうちに秘めておくだけだった。


「見つけたら殴りそうだな」

「こらこら、暴力はだめだよ」

「ああいう節操がない奴は嫌いなんだよ」

「そんなことないよ。深い関係にある人達ばかりじゃないって言ってたし……

皆好きだったんだよ」


「胡散臭せえな。それが理解できねえんだよ。

つか、絶対“一番”ってなる奴がいるだろ。お前もよく付き合えたな」

「わたしは子供の頃から傍にいたし、その延長みたいな感じ」


「愛着がわいてくるのはまあわかるけど………やっぱり好きになれねえ。

無駄に顔がいいのもむかつくし」


「はあ……ニミコは好き嫌い激しいよな。気にしなきゃいいのに。

何か言われたりしたの?」

「ねえよ、直接は」


「じゃあ、今度はきちんと橙さんにお願いしようよ」

「素直に従ってくれりゃあいいんだけどな」

「だから手が出てるよ、手が」


握り拳を震わせるニミコをモチオはそっと窘めた。


(美人でしっかり者なのに、喧嘩っ早い所が玉に瑕なんだよな……)


でも、そのおかげで救われた過去もあった。

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