第9話
「どうしよう…………コマ~~!!」
おろおろして娘の名を呼ぶ母親にモチオは、
「ちょっと待ってて」
と声をかけた。
そして彼は目を閉じて周辺の風景を思い浮かべた。
(小さい子が入り込みそうなところは……)
施設出入り口付近の小高い植木群の隙間から、赤いドット柄がチラリと見えた。
(……ここにいたのか)
モチオはゆっくり目を開けると、ウエストポーチから葉書サイズのメモ帳とペンを取り出した。
クリップ付きで星が散りばめられた紺藍色のペン。
先端は針のように細いニードル型で、1本に2タイプのペン先――1つは書いて消せるタイプ、もう1つは油性タイプのペンになっていた。
彼は消せるタイプの方を使って、さらさらと何やら絵を描き始めた。
母親はその様子をじっと眺めていた。
「できた……あの子はこのへんにいるよ」
2分も経たないうちに絵が完成した。
「わっ……すごい。これって駐車場の裏の植木のとこやったかも……
この絵、借りてもいいですか?」
「どうぞ」
メモ帳を渡すと母親は、
「ちょっと見てきます」
小走りで絵の描いてある方へ向かった。
しばらくすると彼女は娘と手をつないで戻ってきた。
「やっほ~!!」
「やっほ~ちゃうわ!!勝手に行ったらアカンやろ!!」
「ごめんしゃ~い」
全く反省していない様子に母親は「もうっ!!」と腹を立てていたが、
「すみません、助かりました」
とモチオに頭を下げた。
「ううん、見つかって良かった」
「はい……それにしても居場所がぱっとわかるなんて……びっくりしました」
「ウクーには備わってる力なんだよ。絵にしてるのはわたしくらいかもしれないけど……言葉で説明しづらい時はこうやって描いてる。
たまに、失くし物探しを頼まれたりするから」
「わあ……それなら何でも見つけられますね」
「いや、近い場所で動きの少ないものならわりと簡単に探せるけど、ちょこちょこ動いたり、見つかりたくないとか意思があると難しいな」
「でも、すごい特技です……絵も上手いし、わかりやすいし」
褒められたモチオは少し嬉しくなった。
思わぬところで力を発揮できたからである。
ウキウクやウクーに有益な行為ではないのでクウは蓄積されないが、達成感はあった。
ペンとメモをカバンに入れたモチオは、
「そういえば、まだ名乗ってなかったな……わたしはモチオ。あなたは?」
名を尋ねた。
「えっと、フナガです」
「どんな漢字?」
「漢字はお麩の“麩”に永遠の“永”」
「下の名前は?」
「ミスノです。えと、美しいに、す……右側が大貝の字の須、“の”はカタカナのノみたいなやつ。この子はコマ……馬偏に“句”っていう字です」
「美須乃と駒……うん、わかった。駒はいくつ?」
「駒、何歳って?」
美須乃が駒の腕をつつくと駒は、
「さんしゃい」
右の指を3本立てた。
「すごいなあ」
「あははは……ありがとうございます。まあ、普段はギャアギャアうるさいですけど」
「ウクー……」
「またか、しつこいな」
「ウクーって食べ物のことなの?」
「おやつのこと、そう言うんです。なんでかはわからないんですけど……」
「そっか……ごめん、食べる物持ってないんだ」
「いえいえいえ!!気にせずに……もう!!おまえは食べ物のことばっかり……
今度はお昼、お弁当持ってこよか」
「おべんとう!!ごはんたべた~い」
テンションが上がる駒とは反対に美須乃は肩を落とした。
「わかったわかった」
少々疲れ顔の美須乃の隣で、駒は「ごはん!!ごはん!!」と小声で言いながら足踏みをしていた。
「お忙しい所すみませんでした。ではこのへんで……ほら、行くよ」
「いや、こちらこそ。気を付けて」
軽く会釈した美須乃は駒と手をつないで帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます