第23話

「いらっしゃいませ~!!」


“雑貨屋ラビット”と掲げられた看板の店に入ると、うさぎ耳のついた帽子をかぶった男性店員の明るい声が響き渡った。


「何を買うの?」


モチオは店内をぐるりと見回した。


ここは外世界でいうバラエティーストアのような店で、生活用品から服飾雑貨までさまざまな物が陳列されていた。


「好きなの選んでいいよ」

「え?なんで?」

「まだ何もプレゼントしてなかったから」


「リルが頑張って貯めたクウなのに……いいよ」


モチオは遠慮したが、

「ほら、この“パンダスタンド”とかモッチー好きそう」

斜め前の棚に並んでいた、シリコン製パンダの置物を手に取りモチオに見せた。


「あ、ホント、ぷにぷにしてて可愛い~……じゃなくて、これなら自分で買えるから大丈夫だよ」


「好きな人に喜んでもらいたいって思うのはダメなの?」

「だめじゃないけど……」


「じゃあ、欲しいもの選んでね」

「う、うん…………」


リルは気を利かせて他の商品を見に行ってくれたが、モチオは「うーん、うーん……」と声に出して悩んでいた。


(他の恋人達にも贈り物してたらあまり高価なものは選べないな……

かといって、あからさまに安い物選ぶのもなあ……

ってか、リルが選んでくれたらいいのに……

いや、それだとわたしが気に入らなかったら困るからか。

好きな人からの贈り物は何でも嬉しいに決まってるのに……!!)


迷っていたモチオは、なんとなく文具コーナーを回っていると1本のペンが目に留まった。


透明クリップに本体が藍色のグラデーションが鮮やかなボールペン。

ペンを手に取ってみると、ラメの星模様がキラキラと光り、まるで星空をイメージしたようなデザインに惹かれた。


ペン先は消せるタイプと消せないタイプに分かれていて、傍の試し書き用メモで直線や曲線を書いてみると、今までにない軽くて滑らかな書き心地に感動した。


(これだこれ!!わたしが探してたやつは……!!値段もそこまで高くない)


「それにするの?」

戻ってきたリルはモチオに尋ねた。


「うん。絵を描く時にいいかも。デザインもかっこいいし書きやすい……もしかして、このペンが売ってること知ってたの?」

「まさか。今日初めて見たよ。実用的な物を選ぶんだね」


「だって、せっかくなら毎日使える物の方がいいなって。インクも買い替えできるみたいだから、ずっと使えそう」


その台詞にリルは顔を綻ばせた。


「あっ、でも、ペン先で突かないよう、扱いには気を付けないとな……」

「そうだね。じゃあ持ってくね」


モチオからペンを受け取ったリルは会計を済ませてくると、赤いリボンでラッピングされた箱をモチオに渡した。


「はい、どうぞ」


よく見れば、リボンの結び目が可愛らしいうさぎの顔の形になっていた。


「ありがとう。大切にするよ」


気持ちが和んだモチオは喜んで自身のポーチの中に箱を入れた。


店を出ると日が傾きかけていた。


「そろそろ時間だ……」


その瞬間、モチオの目から大粒の涙がポロポロ零れ落ちた。


リルは仕事の時は“仕事に行く”とはっきり口にするが、それ以外の時は“出かける”しか言わない。


遠回しの表現を何度も経験しているから、とっくに慣れているはずなのに別れ際が毎回一番寂しかった。


それも他の人の元へ行くのだとわかっていると、更に言葉にできない思いが込み上げてきた。


バスに乗って数十分も揺られれば何とも思わなくなるのに、今この瞬間ときだけが無性に寂しくせつなくなり、思いをこらえるのに必死だった。


モチオはリルに不審に思われる前に、

「……辛くて泣いてるわけじゃないから」

と言い涙を拭ってから彼を見上げた。


「あ、あの、わたし………」

「何?」


優しく尋ねる彼にモチオはぎゅっと拳を握った。


「わたしだけを見てほしい」と言いたかった。

でもそんなことをしたら他の恋人達の反応は?もしリルが責められたり嫌がらせを受けるようなことがあったら……?


彼を苦しめると思うと到底言えなかったし、今のモチオに彼の全てを受け止められるのか自信がなかった。


「何か言いたいの?」

「…………」


「言って……」


静かだが強い口調にモチオは躊躇した。


(こんなこと言って、大切な人を失ってしまいたくない)


「あの……次会うのが待ち遠しいなって……」


誤魔化すモチオを信じてくれたのか、リルは何も言わず抱きしめた。


「モッチー、仕事変えてもいいんだよ……?そうすれば移動時間も短くて済む」

「それはそうだけど……」


モチオは戸惑った。


確かに、庭園かその近辺で仕事をすれば、リルにもすぐに会いに行ける。


しかし、それは他の恋人達とも接点を持つ可能性も大いにあり、このうち誰と付き合っているのかなどと詮索してしまうのが嫌だったので、モチオは進んで仕事を変えることができなかった。


「……庭園の仕事って難しそうだし、女性が多いと緊張するから今のままでいいよ」


目を合わせると本心を見抜かれてしまいそうだったので、モチオは敢えて目を伏せて言った。


「モッチーと一緒に仕事してみたいなって思ったんだけどな……」

「あっ……ごめん…………」

「いいんだよ。気が変わったらまた教えてね」

「うん……」


「帰りが遅くならない日もあるから、その時は伝達猫に伝えるよ」

「本当!?」


がっくりしていたモチオはパッと顔を上げた。


「ほんのわずかな時間しかないかもしれないけど……」

「うん、それでもいい」


「いつも来てくれるの悪いから、モッチーの家に行くよ?」

「あ、それは……部屋が散らかってて恥ずかしいし、わたしはリルに比べたら暇だからいいんだよ。わたしが行くから」


「本当に?」

「うん」

「来られたら困ることでもあるの?」


ぐっと顔を近づけられたモチオは、


「あ、ある…………いや、ないないない!!ないけど、やっぱりちょっとだけあるような……1人の空間だし……で、でも、やましいことは何もないよ!!」


頭の中が混乱しそうになりながら必死に否定した。

その姿にリルはぷっと吹き出した。


「わかってるよ。家では1人で寛ぎたいもんね」

「ごめん……」

「ううん。また会えるの楽しみにしてる」

「わたしも」


「じゃあ、またね……」


軽く口づけを交わした後、モチオは小さく手を振って駅へと向かった。



甘美なひと時を思い起こし、ぼーっとしていたモチオは、駅構内に人がぞろぞろ入ってきたのに気付くと我に返った。


彼はポーチの中に入れているペンを取り出して眺めた。

あれからもう何度インクを換えたことだろう。

ペン自体は傷一つなく綺麗な状態を保ち、書き心地も変わらないままだった。


“とおし”は劇的に向上したわけではないが、このペンのおかげで絵描きは捗っていた。


(あの頃は一途だったよな……はあ……って、過去の思い出に浸っててもしょうがないよな……)


ガタンゴトン――

そうこうしているうちにレールバスがやって来た。


乗り込んだモチオは自宅の最寄り駅に着くまで、窓の外の景色をずっと眺めていた。

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