第21話

その姿を見届けた後、

「ミントさん、面白い人だな」

「彼女はいつもあんな感じだよ」

モチオのつぶやきにリルは苦笑した。


するとそこへ、ブランコに乗っていた少女2人がモチオ達のほうへやって来た。


「こ、こんにちは~」

「こんにちは」


1人は栗色髪の三つ編みのツインテール、もう1人は黒髪お団子ヘアの9、10歳くらいの女の子だった。


「いい天気ですね~お散歩ですか?」

「うん。子供の頃はよく遊んでたんだよ」

「そうなんですか~」


きゃっきゃと騒ぐ少女達。

彼女らの視界にはリルしか入っていないようだった。


モチオは小声でリルに尋ねた。


「あの子達も知ってるの?」

「いいや、話したのは初めて」

「……やっぱりすごいな。年端も行かない子供まで来るなんて」


「大人2人が何してるか気になったからじゃない?モッチーも僕と出会った時、同じくらいの歳だったじゃないか」


「あれは、木から落ちたきっかけがあったし……」

「同じようなものでしょ」


「いや、この子達はリルに惹かれて来たんだよ。花の匂いに誘われてやって来る蝶々みたいに」

「花?そんな綺麗なものじゃないよ」

「じゃあ、聞いてみよっと……」


モチオは少女達に、

「このお兄さん、いい匂いするよね?」

と聞くと2人は顔を見合わせて、

「うん。いいにお~い~~!!」

声を合わせた。


「それに、かっこいい!!きれい!!」


「ありがとう……」


珍しく尻込むリルをモチオは横目で見やった。


「ほら、言った通りだろ」

「ストレートに言われると何か照れる……」


「……聞き慣れてるくせに」


モチオはぼそりと呟いた。


気後れする彼らとは対照的に女子2人は盛り上がっていた。


「大人になったらお兄さんみたいに、かっこいい彼氏作るんだ~!!」

「見た目もだけど大事なのは中身だよ」

「たしかにそうかも……やっぱり優しい人がいいなあ~」

「あとは、背が高くて、スポーツもできて、まじめでユーモアがあって、打たれ強くて……」


理想の彼氏を挙げる三つ編みの女の子。


(近頃の子供はませてるなあ……それに理想の条件高いな)


モチオは空笑いしながら聞いていると、

「ハユキちゃ~ん!!」

大型滑り台のほうから、誰かを呼ぶ声が耳に入ってきた。


「何かあったのかな?先生のとこ戻ろう!!」


少女達は急いで先生――ミントの元へと走って行った。


「どうしたんだろ……」

「さっきの女の子がいなくなったみたいだね」

「えっ?探さないと……」


慌てるモチオにリルはいたって冷静だった。


「モッチー、の出番だよ」


目配せされたモチオは、

「“とおし”?……わたしがやるの?」

と戸惑っていたが、リルはあたりをぐるっと1周見まわした後、にっこりと頷いた。


(あっ、これ、リルはもうわかってるやつだ……目をつぶらなくても、すぐに当てられるんだから)


「これも練習と思って」

「う、うん……わかった」


促されたモチオは目を閉じて意識を集中させた。


(銀鼠の髪の女の子……この近くにいるはず)


公園周辺の光景が頭の中に映し出されると、北方向へゆっくり移動する小さな人影を捉えた。


その動きを追っているとやがて、ある地点でぴたりと止まった。


「えっと……公園を出た道を北にまっすぐ進んで、2つ目……

いや、3つ目の曲がり角を右に曲がって、少し先に見える赤い屋根の家の前を通って……

あ、白猫が横切った……じゃなくて、小高い丘の木立に入って、そこも通り抜けて、花がいっぱい植えられている歩道の近くでうろうろしてる……?」


おおよその居場所を突き止めたモチオは目を開けた。


「うん、合ってると思う。花は何色かな?」

「薄い黄色……?」

「全体が黄色で中央がオレンジだよ」

「ああ、うん……そんな感じだったかも……」


イメージを何度も口にしていたモチオを、リルは傍でにににこと静かに見つめていた。


その視線が気になって、モチオは彼の顔色をうかがうように聞いた。


「あ、やっぱり描かないとだめかな……この付近だから、言ったらすぐにわかるような気もするし……」

「描いてあげたほうが親切かもね。簡単な地図でいいと思うよ」


「簡単な地図……できるかな…………でも、やってみるよ」


モチオは、よし!!と気合いを入れて、ポーチから黒のサインペンとメモ帳を取り出し、

(ここは腕の見せどころ……!!)

と地図を描き始めた――


が、しかし、全ての線が太いため、目印の木や建物などがぼってりとして、メリハリのない漠然とした絵が完成してしまった。


(……なんか違う。これじゃあ子供が書いたみたいじゃないか……30年以上もやってるのに情けない)


がっくり肩を落とすモチオ。

リルは彼の描いた絵をちらっと覗いた。


「細いペンは持ってないの?」

「あるけど……もう1回描き直すよ」


モチオはカバンから今度はボールペンを取り出した。


それを受け取ったリルは、

「大丈夫。ここはこうやって…………」

余白に線を細かく入れたり、新たに目印の特徴を書き入れると、見違えるほどの出来栄えに仕上がった。


「わあ……これならわかりやすい」

「全部同じ太さだとわかりにくいから。目印には文字も書いておくと、読める人には便利かも」


「ふむふむ……サインペンのが描きやすくて好きなんだけど、細い線描くのは向いてないんだよな……間違えたら消せないし。

かといって鉛筆じゃあ『薄くて見えない』っておじいさんに言われたことあったし……」


「使い分けが難しいね」

「うん……あ、それより、この絵を渡してこないと」


モチオは公園の出入口付近で狼狽えているミントの元へ向かった。


「これは……?モチオ君が書いたの?」

「はい……ハユキちゃんは、この通りの近くにいると思います」

「そうなんだ……じゃあ探してくるね!!」


彼女は公園を出て北方面へ駆け出した。


緊張した面持ちで待っていると、数分後ミントが小さな女の子と手をつないで戻ってきた。


「無事に見つかったよ!!ありがとう。ほら、ハユキちゃんも……」


「ありがと……」


少女はモチオと目が合うと、恥ずかしそうに下を向いた。


「この子、生まれて半年くらいしか経ってないから、まだ周りと上手く馴染めてなくて……それにしても“とおし”ってすごいね~たいしたもんだ」


「いや、まだまだ練習中で……彼に助けてもらったおかげです」

「ああ、リル君は本当によくできるよねえ~

ああいう彼氏がいたらいいけど、モテる人と付き合ったら気苦労絶えそうにないからなあ……」


「…………」

「あ、恋人なのにごめんね」

「いえいえ……まあ、老若男女惹き付けてるから仕方ないかな、って」


「そうだね~モチオ君は案外さっぱりしてるんだ。

ま、細かいこと気にしてたら付き合えないもんね。器の広さ見習いたいわ……」


モチオが返答に困り曖昧な笑みでいると、

「先生~帰ろ~!!」

と子供達の呼ぶ声に、

「あっ、ごめん。もう帰らないと……じゃあ、今日は本当にありがとう!!」

と滑り台まで走って行き、全員集合すると公園を出て行った。

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