第20話

リルの仕事中に、こっそり何度かオハナナノ庭園を訪問した際にも、同じような光景を見たことがあった。


植物の世話というウキウクではありふれた作業でも、彼が植物――

とりわけ花に触れているとそれだけで絵になり、周囲のウクー達はたちまち魅了され、顔馴染みになろうと庭園を訪れたり、一緒に働きたいと希望する人も多かった。


「花もいいけど、溢れた才能を生かせる仕事もありそうなのにな……」


「できることと、自分がやりたいことは違うから。

それに、自分が育てたものが元気に綺麗に育って、誰かに見てもらえるのは嬉しいことだからね」


「リルは自分の仕事に誇りを持ってるんだな……わたしも見習わないと」

「モッチーなら、すぐにそう思える日がくるよ」


「頑張らないとな……」


花を観賞しながらたわいもない会話をしていると、

「あの子、危ない……」

突然リルが滑り台の方へと走り出した。


「えっ?」


モチオも後を追うと、遊んでいた子供の1人が、滑り台を上る階段で片足を踏み外し、段の間にはまってしまっていた。


「大丈夫!?」


リルは女の子をひょいと持ち上げて地面に下ろした。


「うん…………」

「痛いところはない?」

「ない…………」


銀鼠色の長い髪の少女は子供達の中で一番小さいように見えた。


彼女は大きな碧色の目に涙を溜めながらも唇をかんで、泣くのをぐっとこらえていた。


その時、

「ごめんなさい~!!」

バタバタと駆け足でやって来たのは、子供達と一緒にいた女性だった。


歳はリルと同じくらいだろうか。

赤茶髪を後ろで1つに結び、カーキ色のTシャツに黒のズボンとシンプルな服装で、溌溂とした印象だった。


「いや、怪我がなくてよかったよ」

「ちょっと目を離すとこれだから……」

「色々興味わく頃だからね」

「まあねえ……屋内にいる時はいいけど、外出るとどこに行くかわかんないからね、ちっちゃい子達は」


親しげに話している2人を目にしたモチオはリルに、

「知り合い?」

と尋ねた。


「ああ、うん。彼女、学校の先生で、子供達連れて歩いてるところを時々見かけるんだ」

「そうなのか……」


「先生っていうか、お世話係みたいなもんだけどね……あたしはミントって言うの。

この近くのコドモノ学園で働いてる」

「わたしはモチオです……」


探るような目をしていたからかリルが、

「モッチーが思ってるような仲じゃないよ」

くすりと笑って言った。


「そうそう!!彼とはただの知り合いだから……

って、モッチーって可愛い呼び方ね。私もそう呼ぼうかな~」

「僕の特権だからやめてほしいな。ねえ、モッチー?」


「う、うん……」


モチオが何となく勢いに押されて頷くとミントは、

「まっ!!おノロケですか~ラブラブですこと~」

とからかった。


「いいなあ~私もときめく恋愛がしたい……仕事は楽しいけどさ、生活に癒しがほしいわ」

「子供達見てると可愛いって思うけどな……」


「そりゃ、小さい時は素直で可愛いけど、数年もしたら生意気になって、言うこと全然きかないからね。イライラMAXだよ……」

「それでも、この仕事続けられてるのはすごいことだよ」

「辞めたいほどでもないし、やっぱり子供達のこと好きだから……」


滑り台に上っている子供達と視線が合い「せんせ~!!」と手を振られると、ミントは両手を大きく振った。


「子供達もミントのこと大好きなんだね」

「そうかなあ~嫌われてはないと思うけど……」


「明るくて優しいから、皆に慕われてるんだよ」

「明るいのは合ってるけど、キレる時もあるし、超テキトーだから」


「子供達のこと思ってのことでしょ。頑張ってるところよく見てるし、ミントじゃないとできないよ」

「ええ、ああ、うん……」


「いつもお疲れ様」

「あ、うん、ありがと…………いや、……っていうか、恋人いるのに口説いてちゃだめでしょ」


リルのふわっとした笑顔にミントは頬を赤らめたが、すぐに正気を取り戻した。


「労っただけだよ」

「甘い声で『お疲れ様』なんて、弱ってたら落ちるパターンじゃないの」

「そんなこと言われても……」


「あなたが言うと、ちょっとしたことでもその気になるからだめ。

言わなくても視線合っただけで惹き込まれるからだめ。

うちの子達もみ~んな“ぽわ~っ”としちゃうから」


「じゃあ何もできないじゃないか……」


口を尖らせるリルにミントは「ははは」と軽く笑った。


(なんか、面白いな……)


2人のやり取りを見ていたモチオは、ミントが気さくな人柄だとわかると、だんだん緊張感も薄れて思わず「ぷっ……」と噴き出してしまった。


パッと2人に視線を向けられたモチオは、

「あ、ごめん……」

と謝ったが、

「先生……わたし、すべり台で遊びたい」

ずっと黙っていたハユキがミントを見上げ、口を開いた。


「ああ、ごめんね。じゃあ、向こうで遊ぼっか」

ミントはハユキと手を繋ぐと、

「引き止めちゃってごめんね~」

皆の集まっているところへ戻って行った。

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