第15話

駅に向かう途中で、モチオは何やら女性3人が談笑しているところに出くわした。

全員彼よりも年上――人間でいえば40歳前後に見えた。


3人は桃、紫、緑と明るい髪色で皆、煌びやかな花の刺繍の入った長袖のワンピースを着ていた。


(オハナナノ庭園のカフェで働いてる女性達だ……なんでここに?

……あれ?あの人は……)


その中でも一際目を引いたのはストレート桃色ロングヘアの妖艶な美女。

フルーティーな甘い香りが広範囲にまで漂っていた。


(カナエさんか……リルと一番長く付き合ってた人……)


モチオが更に記憶を思い起こそうとしていると、女性達の会話の内容が耳に入ってきた。


「ねえ聞いた?リル君、帰ってきたって」

「ウソ?ホント!?」


モチオはすぐ傍の木陰に隠れ、耳をそばだてた。


「またあの声に癒されたいわ~」

「でも、メハトが黒に染まってるとか……」

「え~!?やだ~気持ち悪~い!!」


カナエ以外の2人が声を合わせた。


「いや、噂よ噂。私は実際見たわけじゃないから」


「そうなの……にしても彼がいた頃は、ここも華やかだったわよねえ~」


「ねえ~~あの優しげでミステリアスなオーラがまた何ともいえなかったわね」


「そうそう、虫除けの囁きを聞いたら、こっちがころっといっちゃってたわよねえ~

……あ、そういえば、カナエはリル君と付き合ってたんでしょう?」


緑の髪の女性に名指しされたカナエは口に手を当ててた。


「うふふふふ……もう昔の話よ。彼は本当に、何から何まで優しかったわ」


うっとりとした表情に浸る彼女に紫の髪の女性が、

「あなたは料理上手で、美人でスタイルもいいし、彼の本命だったわよね~」


羨ましがるとカナエは、

「そんなことないわ……私も数いる恋人のうちの1人にすぎなかった。もっと他に大切にしてる子がいたから」


やや寂し気な表情で笑んだ。


「やだまあ、謙遜しなくても~でも、いいなあ~憧れの人と付き合えるなんて……」


紫の髪の女性を緑の髪の女性はぎろりと睨んだ。


「あんたには素敵な旦那様がいるじゃないの」

「旦那と彼氏は別なの~」

「まあ、好きな人とパートナーになる人は違うっていうけどね」

「リル君ほどのイイ男って未だ現れないわよねえ~……」


3人はほぼ同時に、

「はあ~~~~」

と大きな吐息をついた。


「あっ!!いけない。こんな所で油売ってる場合じゃなかったわ。

そろそろ帰らないと……」

「私も仕事だったわ!!じゃあまたね~」


それぞれ別方向に歩き出したので、頃合いを見計らってモチオも木陰から出ると、前方を歩いていたカナエがいきなり後ろを振り返った。


「あら、モチオ君じゃないの」


モチオは心臓が飛び出そうになった。


「ど、ど、どうも…………」

「ずっと聞いてたの?」

「えっ……あ、いや、その……たまたま通りかかったので…………すみません」


お互いに顔は知っていたが、まともな会話をしたのはこれが初めてだった。


孔雀の羽を広げたようなふさふさの睫毛にくっきりした黒目。

その強力な目力に怯え気味のモチオにカナエは口角を上げた。


「隠れてないで出てくれば良かったのに……

あなたも彼の噂、知っているんでしょう?さぞ嬉しいことでしょうね」

「いや……ずいぶん昔に別れてるから……」


「あらそうなの。あの人は貴方のこと、それはそれは『可愛い、可愛い』っていつも言ってたわよ。

私からしたら、そう言ってる彼のほうが可愛かったけど」

「はあ……」


「ああ、もちろん、貴方のことは私から聞いたのよ。よっぽど好きだったのね。

だから、喪失感も相当なものなんじゃないかしら」


「もう過去のことなので……それを言ったら貴女もそうなのでは?」


すると彼女はくすくすと笑った。


「私は喪失感に浸るなんてことしないの。ハマっちゃった時期もあったけど……

退屈凌ぎにはなったかしら。貴方と同じ“過去のこと”ね。

まあ、会えたら嬉しいけど、パートナーもいると早々無茶なことはできないわよね」


「…………本気じゃなかったんですか?」


「本気だったわよ。でもそんなの1人に決めなくてもいいでしょうに。

私、束縛されたくないの。彼もそうだったから気が合ったのよ。

あなたもそうでしょう?」


「わ、わたしは……ただ、彼と一緒にいると幸せだなって……

だから傍にいたいって思っただけ」

「見返りを求めない愛ってやつかしら。ピュアなこと」


「悪いことですか?」


嫌味に強い口調で対抗するモチオを、カナエは歯牙にもかけなかった。


「貴方、従順で大人しい子だと思ってたけど違ったわね。

案外彼も尻に敷かれてたのかしら……」

「そんなわけないです。もういないんだから、変なこと言わないでください」


「ふふ……そうね。

私だけ知っている彼もいれば、貴方しか知らない彼もいるのよね。

でも、共通しているのは私達2人とも彼を愛していたということよ」


「そうですね……」


カナエのセリフにモチオは言葉を詰まらせたが、彼女はニコリと微笑むとモチオにぐいっと顔を近づけた。


ぽってりとした赤い唇がすぐ傍まで迫る。


「う~ん……顔はまあまあ良いわね。ちょっと色気が足りないけど」

「はあ……」


カナエは、たじろぐモチオの左手を強引に取って、自身の胸に強く押し当てた。


「あっ…………何をするんですか……!?」


むにゅり――柔らかい感触に彼は思わず声を上げた。


「貴方、女性のことはあまり知らないでしょう?」


「………………!!」


「まあ、顔赤くしちゃって可愛い~」


くすくすと笑いながら、もう片方の手で頬を撫でられたモチオは、

「やめてください……!!」

パッと手を離した。


「名前の通りモチ肌ね。彼が夢中になるのもわかるわ」

「彼とは体だけじゃ……」


「あらそうなの?私には、男なんて、体の相性が良いか悪いかのどっちかでしかないのよ。貴方は気楽でいいわね、羨ましい」


棘のある言い方にムカッとしたモチオは、

「い、急いでるので、これで失礼します…………」

と頭を下げると、

「つれないわね。ま、気が向いたらいらっしゃいな。いつでも相手してあげるわよ」


悪寒が走り、二度と会いたくない――


と言いたいところだったが、敵に回すと厄介なタイプだと思ったので、

「お気遣いどうも……」


言葉を濁して足早にその場を去った。

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