第7話

子供の頃からぴったり寄り添って寝るのが習慣だった。


花束のように華やかで上品な香りにやさしく包み込まれるとうっとりした気分になり、いつまでも傍にいられるほどだった。


リルに頭を撫でられたモチオは、その手を強く握った。


「どうしたの?」


「他所のウキウクに行きたいって話……すぐに行ってしまう気じゃ……」

「今すぐじゃないよ。でもいつかはそうなるかもしれないね」


「寂しい……って言ったら困るよな。わたしが行かないって断ったのに」


「気持ちはわかるよ。全然知らない土地に行くなんて……

まあ、他所のウクーも仲間といえば仲間だから、いきなり攻撃してくることはないと思うけど。住み慣れた土地を離れるのはすぐに決断できるものじゃない」


「リルはパッと決められたんだ……誰か行きそうな人いるの?」


「興味ある素振り見せた人もいたけど、ほとんどお年寄りだったからね。

若者を連れて行きたかったんだけど……」


「ごめん」


「モッチーは多分ついてこないだろうなとは思ってた。

想う人がいて上手くやってるから。僕がいなくても大丈夫だなって」


「そんなことない……リルも大切だもん」


涙ぐむモチオにリルは握られた手を離し、そっと頬に触れた。


「今生の別れじゃないんだから……」

「わかってる。でもその時が来たらと思うと、もう会わない方がいいのかな……」


「……モッチーがそうしたいならそれでいいよ」

「引き止めないんだ」


リルはモチオの項に手を伸ばしなぞるように撫でたが、

「これもやめたほうがいいかな……」

指を離そうとすると、モチオはその手を取って自分の手と合わせた。


「だめ……まだくっついていたいから」

「わかったよ……」


潤んだ瞳で見つめる彼にリルは静かに呟いた。


(ああ、もう眠たくなってきたな……)


ふんわりと漂う甘い香りに頭がぼんやりしてきて、瞼が重たくなってきた。


「おやすみ」


モチオが眠るとリルは彼の額に軽くキスした。



2時間ほどしてモチオは目が覚めた。

リルは隣で眠っている。

その穏やかで端正な寝顔にモチオは安堵感を覚えたが、時に底知れぬ不安におそわれることもあった。


彼への思いが冷めたからではなく、このまま共に過ごしていてもいいのかという疑問がわきおこってきたからである。


リルはモチオの初めての友達でもあった。


モチオがまだ子供の頃、ひょんなことでリルと出くわし、モチオが「友達になってほしい」と言ったのがきっかけで付き合いが始まった。


当時リルは既に大人だったので、仕事や雑事の合間にやって来るモチオの面倒をよくみてくれた。


友達というよりも兄弟のような関係で、彼のことを純粋に慕っていた。


友達のままでよかったのか、それ以上を望んでいたのか当時は深く考えていなかったが、成長するにつれ、特別な存在になっていることはお互い意識していた。


だから7年経って彼から思いを伝えられた時は嬉しかったし、十分に幸せに満ちていた。


他の恋人のところに行っている時だって、モチオは別に気にしていなかった。

彼には“独り占めしたい”という気持ちは全くなかった――

というよりは、そういう気持ちは抱いてはいけないものだと思っていた。


居心地は良いのに、ぎこちなさを感じてしまう――


それは自身に好きな人ができたことが原因なのかと思うと、余計にもやもやする感情がぬぐい切れなかった。



モチオは静かに体を起こすと、仰向けで眠っているリルの首元に目をやった。

半分黒に染まったメハトを見るとせつない気分になった。


彼はリルの頭を撫でてから扉に向かい、後髪を引かれる思いで部屋を後にした。


その後リルからの連絡はなかったため、嫌われたんだな――

と別れを実感したモチオは悶々とした日々を過ごしていた矢先、例の事件が起こってしまった。


(別にわたしが一緒じゃなくても生きていけるんだもんな……)


自分とは違って交遊の対象が広いことを改めて思い出し、無理矢理納得させたのだった。

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