第2話

「あいつも『一思いにやってくれてよかった~』って皮肉るくらいだったんだから」

「本心じゃないかもしれないよ。表面でにこにこしてても腹のうちは」


実はリルはニミコに刺される以前に、とある事情でメハトの半分を失っていた。


半分もあれば普段の生活に支障はないのだが、精神的なことで生きづらい部分があったのかもしれない。


「ってか、オレよりもお前のほうがあいつのことわかるだろう?恋人だったんだし」

「昔の話だよ。それに恋人っていうほどじゃ…………一緒にいた時間が長かっただけ」


「それならパートナーっていってもおかしくねえよ」


リルは優しく気配り上手で、他者の心を読む力に長けたウクーで皆に慕われていた半面、整った顔立ちとミステリアスな色気に満ちた雰囲気で、他のウクーを虜にするという艶聞が立つことも多かった。


モチオもリルに魅了された1人で、ふとしたきっかけで懇意な間柄になったものの、1つどころにとどまっていない人だったので、彼を“パートナー”と呼んで良いのかどうか迷うところがあった。


「まあ、何かあったらわたしが守ってあげるから」

「はあ??なんでオレがお前に守られなきゃいけねえんだよ」


口をへの字に曲げるニミコにモチオはがっくり肩を落とした。


「そんなに怒らなくても……冗談だよ」


一見、クールなようでぞんざいな話し方をするが、彼女のこの喋り方も長年一緒にいるモチオにとっては慣れたものだ。


それに、モチオはどちらかというと内向的な性格なので、ニミコの歯に衣着せぬ言い方は好きだった。


「オレはお前のほうが心配だ」

「なんで?」


「……事故とはいえ、オレのせいで恋人がいなくなったことに変わりはないし。恨んでるだろ、やっぱり」


「何度も言ってるけど、ニミコのことは恨んでない。過ぎたことを悔やんでも仕方ないよ」

「そうか……」


「でも、今頃現れるとか複雑じゃねえか?」

「う~ん……それはもう大丈夫。あの頃はまだ若かったからふわふわしてたけど、独り平和な日々を送ってたら何ともないよ」


「今でもふわふわしてるぞ……」

「あはははは…………」


「まあ、目的が何なのかはっきりさせねえとな。ただちょっかい出しに来ただけなのか、危害を加えようとしてるのか……」


「目的……」


「どうした?」

「いや、最後に会った日、リルが言ってたんだ。別のウキウクに、オドロシムシ駆除に役立つ植物があるから探しに行くかもしれないって……それを見つけたのかも」


「まさか」

「すぐにとは言ってなかったけど可能性はあるよ。あ、でも、メハトが黒くなってたなら、記憶をなくしてるかもしれないよな……皆のこと覚えてるのかな」


俯くモチオにニミコは、

「どっちにしろ、皆不気味がって植物の世話もロクにできねえ」

と愚痴をこぼした。


「不気味……?昔はあんなに慕われてたのに、不気味がられるってなんだか可哀想」


「はあ~~お前なあ……抜け殻っていうくらいだから、おっかないんだぜ……多分。

そんなのが周囲をうろついてたら気味悪いだろ。お前は進んで会いに行くっていうのか?」

「ううん……無理」

「だろ」


「あ、でも……お前に会いに来たっていうのも考えられるよな。後味悪い別れ方だったんだろ」

「ああ……う~ん…………そうだとしても今更なんで?道連れにするつもり?」


「あり得るな」

「ないない。それに、別れたのも自然消滅に近いし…………うん」


「なんだよ、はっきりしねえのかよ」

「『じゃあ終わりだね』って言われたわけじゃなかったから、別れたといえるのかどうか……やっぱり、別れる時ってスパッと別れられるものなの?」


「なんでオレに聞く?」

「経験あるんだろ」

「知らねえよ」

「そっか……」


苛立っている彼女にあまりしつこく聞くともっと怒られそうだったので、モチオはそこでやめた。


しょげているモチオを尻目にニミコは、三日月型のショルダーバッグから何かを取り出した。


「そうそう、これ、オレの代わりにユティに渡してくれねえか?木曜の朝に行く約束してたんだけど、伝達猫――フクちゃんが最近どうも調子悪くてな……」

「たより……?いいよ」


モチオは2つ折りにされたカラー刷りの紙を受け取り、更にもう一度折ると自身の薄茶色のウエストポーチにしまった。


「悪いな。『寝てる時は部屋のカギ開けとくから入っていい』ってよ」

「うん、わかったー」


モチオは明るく答えた。


この“たより”は、正式名称は“ウキウクたより”といい、月2回、色地域別に発行される広報紙のことである。


主に地域の現状や催し等が載っているだけで、目新しい情報は数十年に1度くらいしかないため、たよりをじっくり読む者はほぼいなかった。


しかし、裏面の”首長からのお願い”欄で該当する地区に住んでいると、配達係が自宅に届けに行くことがあった。


その役割を担っている1人がニミコで、彼女は自転車で手紙や小型荷物を配達する仕事に就いていた。


首長の大半は先々代のウキウクの時代から生きている高齢者で、いわばウキウクの“影の支配者”だった。


橙ウキウクでの決め事は原則、主である橙さんの承認が必要だが、彼女の活動時間は1日4時間程度とごく限られているので、慣習化された事柄については承認なしで、首長が直接指示を出すことができた。


体力も衰えた彼らは表立つことは少なく、普段はウキウクの森の奥でひっそりと暮らしているが、頭は冴えているので、たよりにちゃっかり“お願い”を記載し、常日頃からメハトを通してウクーの行動を監視していた。


といっても“お願い”は努力義務なので、罰則や強制力が伴うものではなかった。



「フクちゃんは疲れが溜まってたとか?」

「いや、ただの食いすぎだ」

「はあ…………」


伝達猫のフクちゃんは内世界の家猫にそっくりなキジトラ猫である。


携帯電話やパソコンといった通信手段を持たないウクーにとって、伝達猫は伝言や呼び出し等の役割を担っている。


ウキウク内を自由気ままに動き回っているので特定の飼い主はいないが、ニミコは何故かフクちゃん含め3匹には好かれており、自宅にやってくる猫達の世話をしていた。


「早く良くなるといいな」

「ああ……じゃあ、任せたぜ」

「うん」


そう言って2人は別れた。

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