春めくウキウク
sapiruka314
第1話
麗らかな春の陽気。満開の花々に心躍る季節。
ひときわ大きな花桃の木の前で、友人を待つ1人の若いウクーがいた。
彼の名はモチオ。
“ウクー”は人間にそっくりな生き物で、ウキウクの主によって生み出された。
人間の世界を模して創られた“ウキウク”は地域別に色分けされており、モチオが住んでいるトウカイ地方は橙色のエリアなので、“橙ウキウク”と呼ばれている。
豊かな緑に恵まれた土地で自然と調和しながら、ウクー達はゆったりのんびりと暮らしていた。
叢に腰を下ろしたモチオはすっと瞼を閉じ、10秒たったところで目を開けた。
(やっぱり、ここにはいないか……)
小さな溜息をつくと、ぐーっと伸びをした。
頭の後ろでまとめ上げていた胡桃色の髪をおろし、指にぐるぐる巻きつけて持ち上げ、ヘアクリップで止めた。
数本垂れた後れ毛がふんわりと風に揺れる。
モチオは、この春で140歳になる。
ウクーは人間よりも長生きで、平均寿命は500歳から600歳といわれている。140歳というのは、人間では20代半ばに相当する若者だった。
彼はもともと色白で華奢なので、イレヘム裾のレースがあしらわれたデザインの象牙色の七分袖上着に、薄青色の細身のパンツというフェミニンな雰囲気の服装も似合っていた。
ウクーの中ではそれほど優れた容貌でもなかったが、素朴で温厚な性格で、黒目がちの澄んだ瞳には愛嬌があった。
彼は花桃の木の前に建てられた高さ1.5mほどの石塔に目をやった。
ウキウクには、この花桃のように外世界と同じ植物もあれば、全く異なるものもあり、独自の進化を遂げてきた。
この花桃の木は橙ウキウクの主、“橙さん”の住処である。
石塔が白いうちは彼女がまだ眠っている目安で、目覚める頃になると次第に躑躅色に染まり始める。
今はまだ白いままだった。
紅白の絞りの花を咲かせた艶やかな枝垂れ花桃とは対照的に今、モチオは暗く重い気分だった。
というのも、50年前に行方不明になったウクーがここ最近、目撃されたというのを風の便りに聞いたからである。
喜ぶべきことなのだが、それが生ける屍となって彷徨っているだの不気味な噂もあり、彼としては不安でならなかった。
「お~い」
「あ、ニミコおはよ」
モチオが立ち上がって後ろを振り返ると、同じくらいの歳の女性が手を大きく振ってやってきた。
キリリとした顔立ちに切れ長の深緑色の瞳。
濡羽色の髪は、顎のラインで揃えられた前下がりのボブスタイルで、サイドに1本編み込みが入っていた。
黒のフード付きジャケットからのぞく白のUネックシャツ以外、ハーフパンツもハイソックスもスニーカーも全て黒色で統一されたスポーティーな装いだった。
ニミコはモチオをじっと見つめ、
「鼻に何か付いてるぜ」
人差し指で軽く彼の鼻の先に触れ、小さな葉っぱを払った。
ひんやり感触にドキッとしたモチオは、
「ありがと」
お礼を述べた。
「お前この頃、外に出すぎじゃねえか?ほっつき歩いてるだろ」
ニミコは“女性”なのだが、話し方は荒っぽくてぶっきらぼうさがあった。
「天気が良いから今日は外の観察。声かけてくるのって、話好きのおじいちゃん、おばあちゃんくらいだよ。それもここ最近は滅多にないけど」
“外”というのは人間が生活している“外世界”のことで、反対に、彼らウクーが住んでいるウキウクを“内世界”と呼ぶこともあった。
興味のあるウクーは時折、外世界へ出かける者もいた。
モチオやニミコは外見が奇抜ではないので、外世界を散歩していても、人間に“異界の者”と疑われるようなことはほぼなかった。
ただ、人間と関わって揉め事を起こすと主に厳罰を科されるため、滞在時間は短くし、なるべく人気の少ない場所を選ぶように気を付けていた。
「それより、ニミコは大丈夫なの?」
「何が?」
「ほら例の……リルの”抜け殻”が出るって。本当に現れたらどうしよう……」
“リル”は先程述べた50年前に消えたウクーの名前だ。
「けっ、そんなもん。信じるのか?」
「だって、メハトが真っ黒だったって……」
鼻で笑うニミコにモチオはひやひやしていた。
“メハト”というのは、ウクーの右の首筋にある、長さ3cmほどのハートの形に似た模様のことである。
メハトにはウキウクでの記憶が蓄積されている他、自制心を保つ役割がある。
しかし、強い衝撃が加わると中身が漏れ出て、最終的には黒く変色して、死に近い状態に陥ってしまう。
この状態で更にメハトを負傷すると、全身がサラサラの砂と化し、跡形もなく消えてしまうらしい。
通常は所属するウキウクの色――橙ウクーの場合は橙色のメハトがついている。
「真っ先に狙われるのはきっとニミコだよ。怖くないの?」
モチオがなぜニミコを心配しているのかというと、リルのメハトを真っ黒にさせた原因がニミコだったからである。
リルとニミコが会話をしていた際、彼女が手にしていた木の枝の先端が誤ってリルの首筋――ちょうどメハトに付き刺さったというのだ。
その後、主の橙さんから、リルがここを去ったと知ったが、どこへ何をしに行ったのか、いつ戻って来るのかさえ全然わからなかった。
それが今になって、“メハトが真っ黒のウクーを見た“と話すウクーが後を絶たず、現れたのなら、自分を刺したニミコに復讐しにやってくるかもしれないと考えるのは普通のことだった。
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