第3話
モチオはここ20年、ミノ地区南部のリガニ町工場跡を拠点に仕事をしていた。
ウクーは職業の選択は自由だが、“植物の世話”は必須とされている。
というのも、ウクーの主食が植物で、全住人がその育成と保護に努めなければならないからである。
といっても難しいことばかりではない。
植物の成長を妨げる雑草の除去や、害虫を駆除する罠作り等、特別な知識や技術がなくても子供の頃から取り組み、経験を積むことで上達してゆくからである。
大人になってもこの作業に勤しむ者もいれば、植物の世話は適度にして、自分の好きな仕事に精を出す者もいた。
モチオの場合、植物の世話の他、暇な時は行方不明者や紛失物を探す手伝いをすることもあった。
その際、一度見たものがどこにあるか探し出せる力を使う。
遠くまで見える視力の“遠目”と、隠れたものを視覚的に感知する“透視”に意味と読みが似ていることから“とおし”と呼ばれている。
“とおし”自体は、ウクーの4割程度が生まれ持っている能力のため珍しくはない。
しかし、通常見える範囲は地区内のみで、更に視界もそれほどはっきりとは映らないため、正確さには欠けていた。
モチオはその力を鍛え、今では橙ウキウクまで“見える”範囲を広げた。
“とおし”で浮かび上がったイメージを絵に描いては依頼者に渡して、探しものを見つけていた。
本人は遣り甲斐を感じている仕事なのだが、そうそう行方不明者や紛失物の依頼が舞い込むわけもなく、人脈も広くないので、大半は除草作業や害虫駆除に費やす日々だった。
ちなみに、昨日花桃の木の前でニミコと会う前に、目を閉じていたのは、“とおし”でリルを探していたからだ。
彼が去ってから何度か試みてはいるものの、その姿は橙ウキウク内にはどこにも見当たらなかった。
今日もいつも通り、植物の枝葉に潜む害虫――オドロシムシを探していた。
(お、いたいた……!!)
3mmほどのちっちゃなオドロシムシが、黄緑色の細長い葉の裏に群がっていた。
モチオはウエストポーチからビニール袋を取り出すと、虫のついた葉っぱごとちぎって中に入れた。
オドロシムシは外世界のアブラムシに似た翅のある虫で、ウキウクの植物の汁を吸って生育を阻害する。
危険を察知すると強烈な悪臭を放つため、大半の鳥や獣は嫌って捕食しない。
天敵がいないのを良いことに、放置しておくと凄まじい勢いで増加し、ウクーの主食とする植物ばかりを食い荒らしてしまうため、健康的な住人はできる範囲で害虫駆除の罠作りに努める必要があった。
ウキウクたよりにもオドロシムシ駆除に関する内容は掲載されているが、ほぼ毎回、“いかに効率的に罠を作るか”に重点を置いただけの対策しか書かれていなかった。
(今回のたより、“シロシロピスを追加して虫を一掃すること”って書いてあったけど、今もやってるし……いつも薬草変えてるくらいなんだよな。
強い薬なんて使ったら植物が弱るからだめなんだろうけど。
ぬかりなくやれってことなのかな)
モチオはう~んと首をひねった。
いくら努力義務とはいえ、“お願い”を載せるくらいなら、更に一歩踏み込んだ策でも記載しておいてほしいものだと彼は常日頃から思っていた。
オドロシムシ駆除の罠は、毒入りの団子を作って虫をおびき寄せる。
その作り方は、まず、水と酢を入れた小型の瓶にシロシロピスという植物のエキスを数滴垂らす。
シロシロピスはウキウクの植物の中でも毒性が強く、体内に入ると脱水症状を引き起こし死に至らせる植物である。
そこに土を入れて混ぜ、直径6cmくらいの大きさに丸めて5日間程乾燥させると完成する。
この団子を植物の根元近くに設置しておくと、ツンとした酢のニオイに誘われてオドロシムシが集まって来る。
そうして団子を食べたオドロシムシは全身が麻痺し、忽ち死んでしまうので寄せ付けない効果はそこそこ期待できるのだが、なくなればまたすぐに湧いてくる。
その度に次の罠を仕掛け捕獲――と、いたちごっこ状態だった。
非効率的な方法にモチオは嫌気がさしていたが、代替案があるわけでもないので拒否するわけにもいかず、子供の頃から大の苦手な手間のかかる団子作りに苦戦していた。
「虫も日々学習して賢くなってるから、それに適した対策を考えないと。
いつまでも昔の方法をとり続けていたら、ウクー達のモチベーションも下がってしまう」
と、リルが橙ウキウクにいた頃は首長達に掛け合ってくれていた。
けれども、どの世界にも頑固な連中はいるもので、ウクーのように長寿だといつまでも居座り続けるため、改革や方向転換といったことが難しく受け入れてもらえなかった。
どの色のウキウクの首長もたいてい同じだったが、橙ウキウクは特に融通が利かないじじばば達ばかりだった。
(
はあと短くため息をついたモチオは、リルと最後に会った日のことを思い出していた。
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