第4話
その日は、3か月に一度の町内会の虫駆除団子の回収日だった。
モチオも参加するため、ウクカキ畑で早朝から作業していた。
ウクカキは外世界の柿に似た植物で、秋にはふっくらした丸い実が生る。
4月中旬にもなると新梢が伸び、小さな深緑色の葉が青空に映え清々しい気分に包まれる。
そんな木の下の地面に生い茂る草花のまわりには、虫が齧って歪に変形した無数の団子やオドロシムシの死骸が転がるという、おどろおどろしい光景が広がっていた。
けれども、ウクー達はすっかり見慣れているので、彼らは手袋をはめた手でトタンバケツにぽんぽん放り込んでいた。
作業に勤しむモチオの傍には、灰青の髪の背の高い男性――リルがいた。
外見は人間でいうと27、8歳ほどで、ややうねった髪は光沢感があった。
薄手の鉛白色のジャケットに、やわらかな素材の黄緑色のパンツという春を思わせる格好で、首にはゆるく巻いた藤色のストールがより一層清爽に仕立てていた。
普段はリガニ町の北東部にあるオハナナノ庭園に勤めている。
モチオの住まいとは離れているので滅多に会うことはないのだが、今日はたまたま近くで用事があったので、その帰りにモチオを手伝ってくれていた。
「これもそう?」
「うん、ありがと」
焦げ茶色の物体を渡されたモチオは、さっとバケツの中に入れた。
溢れんばかりの団子の欠片と死骸からは、油分を含んだ干し草のような何とも言い難いニオいが漂っていた。
「今までで一番捕れたんじゃない?」
「そうかも。成功して良かった……」
これまで何度も失敗を重ねてきた団子で、オドロシムシを駆除できたモチオは安堵の表情を浮かべていた。
「頑張ったね」
リルはよしよしとモチオの頭を撫でた。
深みのある声が耳に心地良く響く。
モチオが照れながら顔を上げると瑠璃色の瞳を捉えた。
髪には紫色の毛が数本混ざっていて、紫がかった青色の眼と調和し、整った容姿をより引き立たせていた。
甘くうっとりする香りをほんのり身に纏い、優しく物静かに接する姿は麗しく、きっと誰もが心奪われる癒しの存在――
現に今も、彼のまわりは春爛漫の空気に満ち溢れ、それに気付いた殆どのウクーが夢見心地で見惚れていた。
モチオが喜びをかみしめながら作業を続けていると、前方からニミコの姿が見えた。
「あっ、ニミコ、おはよう~~ほら、虫いっぱい捕れたんだよ」
彼はずっしりした重みのバケツを両手で持ち上げた。
声をかけられたニミコは返事をしようとしたが、隣にいる人物に気付き、はたと止まった。
「こんにちは」
「……ちわ」
にこやかに挨拶するリルに、ニミコは眉根を寄せて小さな声で答えた。
「何かあった?」
「いや…………」
「これもニミコのおかげだな。上手く薬草混ぜてくれたから」
「そうなの?」
リルが尋ねると、
「うん。わたし不器用だから全然できなくて……結局殆どニミコが作ってくれたんだよ」
「へえ~すごいなあ……でも、作るの難しいもんね。モッチーはよくできたと思うよ」
フォローしてくれたリルに、うんうんとモチオが大きく頷くとニミコは、
「泡立つまでかき混ぜやがって、何度失敗したことか」
「失敗は成功のもとっていうだろ」
「成功したの何個だよ」
「100個中1個かな」
「……………」
えへへ~と頭を掻くモチオにニミコは顔を引きつらせていた。
「お前、この作業向いてねえな……」
「きちんと手順通りにやったんだよ。それなのに失敗なんて……薬に嫌われてるのかも」
「んなわけあるか。お前が下手すぎるんだよ」
ストレートに“下手”と言われてモチオは肩を落としたが、ニミコは本気で貶しているわけではなさそうだった。
「優秀な仲間がいてくれてよかったね」
「あ、うん……」
頭を撫でられて嬉しそうにしているモチオをニミコは、ぶすっとした顔で見ていた。
「なんで今日はそんな怖い顔してるの?」
「いつもこんなもんだろ」
和やかムードとは程遠いピリピリした空気が流れていた。
そして、ニミコはしんねりむっつりした様子で、
「帰る」
とだけ言ってさっさと行ってしまった。
「なんだ……手伝ってくれると思ったのに」
がっかりするモチオにリルは軽く笑った。
「まあ、なんとなくわかるよ」
「え???」
「ところで、今晩は空いてる?話したいことがあるんだけど……」
「うん、何もなかったと思う」
「じゃあ夜9時に部屋で待ってるよ」
「わかった」
(話したいこと……?何だろう?)
モチオは不安と期待が入り混じった気持ちになりながらも自宅へ戻った。
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