第40話

数日後、モチオは美須乃とトフシイ東側広場で雑談をしていた。


駒を幼稚園に迎えに行く前に寄ってみたとのことで、モチオは近況を聞かされていた。


「駒は幼稚園に通い始めたんやけど、可哀想とか寂しいとか思う間もなく、園の靴箱でさっさとバイバイされたわ。まあ、その方がよかったけど……」


「子供の適応力ってすごいな」


「せやな。親の知らんところでどんどん成長してくんやろな……

あ、そや、お昼、結婚記念日のお祝いランチ食べてきたんよ。これ、言ってたエビフライ」


美須乃は、白い手提げポリ袋の中から透明のフードパックを取り出した。


そこには、こんがりときつね色に揚がった細長い食べ物が2本。


「わあ~!!大きい!!」


手の平からはみ出るほど大きいエビフライに感動したモチオは、パックを持つと、まだほんのりと温かさを感じた。


「超特大やからな」

「あとでゆっくり食べるよ。ありがとう」


(ニミコと分けよう。きっと喜ぶぞ……)


にんまりしていたモチオは、

「そうだ、わたしからもプレゼントが……」

大きめのトートバッグから1枚の色紙を出してテーブルに置いた。


それには色鉛筆で描かれた、デフォルメの効いた母娘の似顔絵が――


「これ、うちと駒……!?めっちゃ似とる!!いや、うちは……可愛いすぎやな」


照れている美須乃にモチオはホッとしていた。


「どういうものがいいかずっと悩んでたけど、こんなものしか……しょぼくてごめん」

「えっ!?全然しょぼくなんかないで!!帰ったら駒にも見せるわ。ありがとう」

「要らなくなったら捨てていいからな」

「そんなんもったいないよ」


「素人が描いたものだから……」

「どんな上手でも全く知らん人が描いた絵より、モッチーが描いてくれた絵のが嬉しいよ。心こもってるもん」


色紙を持っていた美須乃が微笑むと、モチオは何だか心が和んだ。


「……ありがとう」

「うん。旦那にも見せて……家宝にするわ」


大切にするという意味だろうと捉えたモチオはにこりと笑った。


そして、先日の事の顛末を話すと、

「無事に解決してよかったやん」

美須乃もすっきりした表情になった。


「美須乃のおかげで助かったよ」

「いや、うちは何もしてないよ。育児の愚痴こぼしてただけで……」


「ううん。あの時、美須乃達が来てくれなかったら、大切な人を失ってたかもしれない……本当にありがとう」


「いやいやいや……!!偶然、そっちの世界に行けたからやで。でも、エビフライで正気に戻るって、人生何が役に立つかわからんもんやな」

「インパクト強かったからな。あと、駒にも感謝しないと」


「“ウクー”連呼か。騒音でしかない喚き声が役に立つなんて……」

「大声で叫ぶことも緊急時には大事だからな」


「まあ、時と場所をわきまえてくれればええんやけど……もっと先のことか」

「少しずつ覚えていくよ」


「せやな。これから、いろんな人と出会い、経験を重ねて成長していくんやろな」

「それは子供も大人も同じ。人間もウクーも」

「そうか~でも、また別の悩みが出てきそう……順調に育ってるってことらしいけど」


「生きてる限り尽きないものだよ。人生、思い通りにならない」

「はあ~~まだまだ先は長いな。ストレス溜めたくないわ……」


「その時はまたここへ来なよ。駒も連れて」

「ありがとう。ギャアギャアうるさいけど、駒の成長を見守っててくれると嬉しい」

「うん、是非」


「あ、そろそろ迎えに行かんと……」


カバンの中のスマホで時間を確認した美須乃は椅子から立ち上がった。


「エビフライありがとう」

「こちらこそ、可愛いイラストありがとう……じゃあまた」


手を振って去っていく彼女を見届けたモチオは、エビフライの入ったパックを持って場所を移動しようと席を立った。


その時、すぐそこの広場出入口にニミコの姿が目に入った。


パチリと目が合うと、

「あ、ちょうどよかった。これ、美須乃にもらったんだ」

「エビフライか?こんなでかいの初めて見た……」

驚いている彼女を呼び寄せてから、パックを傍のテーブルに置いた。


「一緒に食べようよ」

「いいのか?お前がもらったんだろ?」

「2本あるから。それに、好きな人と食べるのが一番美味しい」


「……さらっと言うなよ」

「なんで?」


きょとんとするモチオにニミコは、

「はあ……」

溜息をついたが、彼はてんで気にしていない様子だった。


「ソース、どっちがいい?」

「お前が選んでいいぜ」


「ここは先輩ファーストで……」

モチオが茶化すと、

「ああ?」

と睨みつけられたので、

「うう……もう、怖いなあ……」

縮こまって特製ソースを取り、エビフライにたっぷりかけた。


「じゃあ、いただきま~す」


サックサックの食感と、プリプリの引き締まった身が奏でるハーモニーに2人とも頬が緩み、至福の時を味わっていた。


「美味しいなあ~」

「ああ。今まで食った中で飛び抜けて美味いかも」


「ニミコって、食べてる時が一番幸せそうだよな」

「なんだよ……別にいいだろ。ってか、人の顔見てニヤニヤすんなよ、気持ち悪いな」


「気持ち悪いって、ひどい……」


モチオは頬を膨らませたが、

「まあ……それはきっと“嬉しい”ってことなんだよな」

ぽつりと呟いて笑った。


まだ赤面したままエビフライを頬張っているニミコが面白く愛らしく思えた。



長閑な昼下がり、ふんわり優しく香る桃の花。

ようやくモチオにも心の平穏が訪れ、共に歩みたい者と遅めの春を満喫していた


                                   -完-

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春めくウキウク さぴいるか @takoiruka23

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