第39話

沈痛な面持ちで空を眺めていたモチオの背後から、

「はあ……なんとかおさまってよかったな」

戻ってきたニミコが隣に来て声をかけた。


「うん……」

「にしても、とんだ番狂わせ親子に助けられたな……」

「うん…………」

「あ、お前にしたら良くないか……って、おい……」


振り向いたニミコは、涙を流しているモチオを見てドキリとした。


「お前は全然悪くねえんだから、泣かなくていいだろ」

「ううん…………忘れないといけないんだなと思って……」


「お前にとって大切な……幸せだった思い出なら無理に忘れる必要ないだろ」


「……そうだな…………」


「実はあの時――オレがあいつを刺した時、正直『こんな奴、くたばっちまえ!!』って思った。それがお前のためなんだって。

でも、もしかしたらただ、邪魔者を消したいためにやったんじゃないかって……

それでお前を悲しませて……オレって卑怯な奴だな」


「自分を責めないで……」

「でも……」


「もう……!!らしくないな。リルは死んだわけじゃないんだから……まだ生きてるんだよ。離れてたって、ずっと生きてる……」


涙をこらえ、必死に自分に言い聞かせようとしているモチオをニミコは気の毒に思った。


「わたしにとって彼は“永遠の人”なんだと思う……

どれだけ離れたとしても、亡くなったとしても……家族のように長い時間を共有して、多くの物を得られたから。

もう、この世から消えたってなら諦められるけど、生きてるのに会えないっていうのはやっぱり辛いな。

これも慣れたら何とも思わなくなるのかな…………」


「すぐに気持ちを切り替えられるもんじゃねえだろ」


「彼はわたしと出会って良かったのかな…………」


再びしょげるモチオの肩にニミコはそっと手を置いた。


「お前がいなかったら、あいつはもっと荒れてたはずだ。お前が信じてやったから救われた……決心できたんだろ」


「だといいけど……」


「あ~~もう!!人に“らしくねえ”とか言っときながら、自分が沈んでてどうすんだよ。泣きたかったら思いっきり泣けよ。みっともないなんて思わねえし。

悲しいことも全部出したらすっきりするだろ。肩くらい貸してやるよ」


優しく微笑むニミコにモチオは、それまで抱えていた思いが涙となって一気に押し寄せ、

「ううっ……うわ~ん…………!!」

と大きな声を上げて泣いた。


どれくらい時間が経っただろうか。

2人は花桃の木の前の芝生に並んで座っていた。


「落ち着いたか?」

「うん……ありがと」


モチオはニミコに背中をさすってもらっていると、

「ところで、さっきわたしのこと好きって言ってたやつ、あれはどういう意味で……?」

その問いに彼女は手をパッと止め、視線を下に向けた。


「それは……特に深い意味はない。

信頼できる親友ってことで、その……パートナーとかそういう特別なものになりたいとかじゃない……

いや、なりたくないってわけでもなくて……その…………」


口ごもりながら話す様子をモチオはじっと見つめながら、

「そっか……わたしはニミコのこと好きだよ。ずっと傍にいられたらなあって思ってる」

はっきりと伝えた。


「え…………」

「あ、嫌か……“ずっと”なんて鬱陶しいよな」


「別に嫌とは言ってないぜ。オレもそう思うし……まあ、今まで通りでいいんじゃねえかって……」

「そうだな……」


いつもは何でもはっきり言うニミコが、まごついている姿を見てモチオはくすりと笑った。


(何か変わるわけじゃないもんな……自分の気持ち、すんなり言えて良かったや)


「なんだよ?」

「いや、てっきり、もっと屈強な人がいいのかなって思ってたんだ。マッチョとか……」


「は?なんで?」

「この間、言ってただろ?『強いヤツが好きだ』って」


「極端すぎるだろ……精神的にってことだ。まあ、オレはリルあいつのように完璧にはなれねえけどな……」


「それでいいんだよ。彼も完璧じゃなかったから……足りないところは、補い合っていけばいいと思う」

「……そうだな」


モチオの言葉がすとんと胸に落ちたニミコは、すっと立ち上がった。


「じゃあそろそろ行く。仕事が溜まってるからな」

「ごめん、色々とありがとう」


「また明日な」

「うん」


笑顔で頷いたモチオにニミコも、ふっと笑みを漏らし、少し離れた場所に停めていた自転車に乗ると軽快にこぎ出した。

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