第37話
親子を見届けた後、橙さんはウクー3人を見やり大きなため息をついた。
「で、アンタ達は何もめてたの?せっかく気持ちよく寝てたのに……
あら、リル帰ってきてたの。久しぶりね。ハッカメソウは見つかった?」
うん、と平静を取り戻したリルにモチオは少し不安を覚えながらも、ポーチから封筒を取り出し橙さんに渡した。
「これ……!!リルが取ってきてくれたハッカメソウの葉っぱと種」
「あら、やるじゃない~……って、うへっ!!くっさっっっ……!!」
封筒を開けた橙さんは強烈な香りに鼻をつまんで顔をしかめた。
「“皆のために”って、全ウキウクを探し回って見つけてくれたんだ……」
「皆のためでもあるけど、モッチーの負担を少しでも軽くしたいって思ったからだよ」
先ほどまでとは打って変わって、リルは柔和な眼差しをモチオに向けた。
「思ってても、行動に移すのってなかなかできないものだろ……?本当にすごいよ」
「こんなことでしか役に立てないからね」
「役に立てないとか言わないで。リルはいつも頑張りすぎなんだよ……」
「モッチー……ごめんね、ありがとう」
2人のほんわかしたやり取りに橙さんは、
「あら、何これ。ラブラブなところ見せつけられてるの?ふ~ん、いいカップルじゃない……」
うっとり見とれていたが、彼女以外の3人は一斉に気まずい顔つきになった。
「あれ?違った?」
「…………………」
流れる沈黙に橙さんは、
「あ、わかった」
と言ってポンと手を叩いた。
「アンタ達、三角関係なんでしょ。愛しい人の取り合いってやつね」
「違う」
ニミコがすかさず否定した。
「リルがモチオのメハトをつぶして、自分のものにしようと企んでたけど失敗して、その後自殺を図ろうとしてたんだよ」
「あっら~それはだめねえ……命は大切にしなさいよ。
アンタはもともと引き寄せる体質だけど、根っからの寂しがり屋でもあるからね。
合わさって厄介なことになったのよね。ちょっとこっちに来なさい」
手招きされたリルが橙さんの前まで行ってしゃがむと、彼女はリルの首にペタっと手の平を当てた。
するとメハトが瞬く間に真っ白に変化した。
「これで“抜け殻”は回避したわよ。黒くなったメハトは戻せないから、アタシにできるのはこれくらいね」
「こんなことしたら首長達が黙っていないよ……」
「何?『えこひいきだ!!』って騒ぎ立ててくると思ってるの?
文句あっても
橙さんはからからと笑った。
「主は特定のウクーに入れ込んじゃいけないのはわかってるけど、これは功労者へのご褒美よ。それに、アンタのことはアタシにも責任あると思うの。生まれさせたのはアタシなわけだし。
メハトを半分失くしたのはちょっとやりすぎだったなあって……だからここは一旦休養しなさい。
白のウキウクにはアタシが話つけとくから」
「白……療養者が集まるウキウクか」
「そう、生きることに疲れたとか、苦しいとか、主に心に問題を抱えているウクーが多い所ね。
あそこなら浄化作用の空気に満ちてるから、体質を気にせずにのびのび暮らせるんじゃないかしら。
ただ、特別な事情がない限り他所のウクーも出入りできないし、いったん入ると白ウキウクの許可が下りない限り、しばらくは出て来られないけど……」
「長い入院生活になるってことか……ある意味病気だもんね……」
「深く考えすぎよ。アンタが想像してるよりも住みやすい場所よ。雑念を放棄して、真っ新な気持ちになれるわ。
まあ、無理にとは言わないけど……各地を転々とするよりはいいと思ったの」
気を落とすリルに橙さんは眉尻を下げたが、
「いいよ、白に行くよ」
彼は顔を上げてきっぱりと言い放った。
「……オッケー。じゃあ、準備しないとね……あ、そうだ、モチオ。
アンタ、メハト怪我してるんでしょ」
「あっ、そうだった…………」
「そのグロテスクな液体を止めてあげるわ」
「液体……」
怒涛の展開にモチオは自身のメハトの状態をすっかり忘れていた。
痛みはさほど感じなくはなったが、まだじわじわと飴色の液体が染み出し、上着の首回りにも滲んでいた。
橙さんがモチオのメハトに指を当てて、3秒待ってから指を離すと瘡蓋ができていた。
「部分的に黒くなっちゃうかもしれないけど、これで中身が出てくることはないわ」
「うん、ありがとう」
モチオがお礼を述べると橙さんはすくっと立ち上がった。
「さあてと、アタシはかなり力を使い果たしちゃったからもう寝るわ」
「ええっ!?また??」
モチオとニミコの反応に橙さんは不服だったのか、彼らをぎろりと睨みつけた。
「何よ、仲間内で揉めるのって一番困るのよね。誰かの味方なんてできないし。
皆仲良く……って、リル、浮かない顔してるわね」
「自分のやってきたことが全て無駄だったのかなって…………」
「無駄……?なんで無駄なのよ。これまで、楽しい時、嬉しい時もたくさんあったでしょう?
考えたり悩んだりする時間は無駄じゃないと思うの。
それが全部良い結果に繋がるわけじゃないけど、思考を巡らせるってことは生きる上で大切なことなのよ。
アンタは今さんざんな気持ちでしょうけど、これで終わりじゃない。
ここを出てまた新しく始めるのよ」
こくりと頷くリルに橙さんは、
「このハッカメソウは、アタシが責任持ってウクー達と一緒に育てるから。
おじい達に何て言われようとね……昔からの習慣にとらわれてばかりじゃあ、若い子達がいきいき暮らせないものね。だから安心して行きなさい」
手にしていた封筒を両手でしっかりと握った。
「お願いします……」
「じゃあ、心の準備ができたら、またここに来て」
「いや、いつでも行けるよ」
決意したリルが一歩踏み出した瞬間、
「待って……!!」
モチオが引き止めた。
「あ……その、まだ、別れの挨拶をしてないから……」
「そうね。アタシは向こうで少し休んでるから、済んだら声かけてちょうだい」
橙さんは花桃の木まで戻るとすうっと姿を消した。
「オレも外したほうがいいな」
と、ニミコもどこかへ行ってしまった。
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