第25話ジャスミン

 ジャズ・バー「ジャスト・ブレイキング」

 京介は、神酒エーテルをゆっくりと傾けて、グイッと飲む。

 そして、グラスに一瞥をくわえて、自身の顔をぼんやりと眺めてから、ちらっと右横を見る。そこには、ハルがいる。

 ハルが、ふふっとあどけない笑顔で微笑みかける。

 そして、左を見る。そこにはリンがいる。

 リンは、

「こんばんわ」

 と言った。

 京介は、もう一度、神酒エーテルを飲んだ。

「一曲やってくれない?」

 と言って、グラスを置いた。

 リンの頬は照明の加減によってか、少し赤い。

 その時、ドラムロール。

 ハルがカクテルグラスに唇をつける。

 ふっとため息をつき、カウンターのテーブルに、両肘をついて、頬を膨らませる。

 バーテンダーが言う。

「今日は、何の曲にしますか?」

「そうだな。ロスト・イン・ヘブン」

 遠く離れた席にいる、ハルが言った。

 ドラムロールが終わる。

 セレナの前にはブラックノーズ。

 リンは、椅子から立ち上がる。ジャスミンの香りがふっと京介の鼻を撫でる。京介は、神酒、ジャスミンの香りの混ざった、その「ジャスト・ブレイキング」で、恋に落ちた。煙たいブルーのタバコの煙。やあ、とウサギ紳士が遠くの椅子に座って呼んだできた。

 京介は無視する。

 そして、リンがピアノを弾く。

 放たれるリンのリズム。ブルーをブラッシュアップしたような美しいコード進行。そしてイマージュが舞い降りる。薔薇色の音符が散る。音が、空間を乗っ取るかのように、響く。

 京介はほろよい気分で、聴き惚れる。

 ハルは泣く。

 思い出が、帰ってくる。

「パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、そして、お兄ちゃん……」

 ハルの肩をそっと、ウサギ紳士が抱く。

 リンのロマンティックなピンクの口紅から、まるでグレン・グールドのような鼻歌が混じる。

 京介は、立ち上がり、ハルの隣に寄り添った。そしてウサギ紳士の腕をどけて抱きしめた。ハルは声をあげて泣く。ウサギ紳士はやれやれっと首を左右に振って、灰皿に置いたタバコを再びくわえた。

 

 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術幻刀のパサージュ 鏑木レイジ @rage80

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ