第20話悪

 世界の中心にある一つの悪。

 それは、恐ろし気な視線で、深淵を覗く。

 世界の奥の、奥にある、謎。

 ゲートキーパーが立っていた。

 名はベルセソス。

 ベルセソスは、門の前に立つ。

 悪、記憶の扉をひらく、開ける。

 そのための鍵を探さなければいけない。

 都合がよく、一人の商人、そう旅をする商人が、口笛を吹きながら、通りを歩いている。

「あの、すみません。商人ですか?」

 と京介が訊く。

 商人は口笛を吹いている。

 そしてじろりと京介とハルを見た。

 そして、口を開いた。

「何か、買いたいものでもあるのですか?」

「はい、思い出の門を開くカギ」

 何かが、京介にしゃべらせる。

「ほう、そうですか」

 商人は、いぶかしげに、京介を見る。

 京介は、懐から宝玉を取り出した。

 しかし、無い。

 京介はハルに目をやる。

 ハルは、ただ、ぼおっと天井のパサージュを眺めていた。

「ハルちゃん?」

 そう問いかけても、ハルはただ天井を見上げ、何も答えない。

 ハルの眼から涙が流れ始める。

 尽きない涙。

 京介はそう、感じていた。

 そう、何かがそう感じさせた。

 怒り。

 激しい怒り。

 しかし、宝玉はない。

 商人は、肩をすくめた。

「お代が払えないのなら、鍵は売れませんよ」

「何とかならないのですか?」

「なりませんね。世の中をなめてはいけない」

「くそ」

 京介は、商人の胸ぐらをつかんだ。

 しかし、その時ハルが口を開く。

「駄目だよ、京介君、その商人さんは、敵ではないのよ」

「え、でも」

 京介は、ハルを見る。

 ハルは、微笑んでいた。

 世界中で、一番切ない笑顔。

 京介は、商人の胸ぐらから手を離した。

「くそ」

 京介は、歯噛みする。

 ハルは、顔を手で覆う。

「そういうこと、だったの?」

 と京介はハルに問いかけた。

 ハルは首を左右に振る。

 京介は背中に差した超神刀を鞘から抜いた。

「おい、旅の商人、貴様の名は何だ?」

「名前を訊く時の礼儀は、知っていませんか?」

「そういう状況じゃ、ねえんだよ。死にたいのか?」

「やって、ごらんなさい」

「俺は京介、否、ガラライザーだ」

「ふふ、私はヴァン・ショー。なんてことはない、見たとおり、パサージュを旅している行商人ですよ」

「そうか、なら斬る」

「ふふ、やってごらんなさい」

 京介は、斬ろうとした。

 しかし、恐ろし気な何かが、京介の脳裏を走る。

 憎悪。

 京介は、味わったこともないようなフィールを感じた。

 悪の感情とでもいうのか。

 瞼の裏に、ゼビレイドが兆す。

 京介の体が、一気に発汗した。

「ふふ、どうしたのですか、その刀で何をなさる?」

「貴様を切って、鍵を奪う」

 京介は、チラッとハルを見た。

 ハルは、ただ泣き続けているだけ、そして首をいやいやと左右に振っている。

 京介は刀を鞘に戻した。

 すると、発汗がすっと止んだ。

 ヴァン・ショーはこう言った。

「世の中を、甘く見てはいけない。またどこかで、出会える。とだけ言っておきましょう」

 京介は、震える。

 瞼の裏の、ゼビレイドが、嗤う。

 京介は、ハルの手を取った。

 そして、抱きしめた。

「俺が、かたきを討つ。必ず」

「そんなの、そんなの、そんなの、求めていないのよ……、京介君、私は……」

「言うなよ、言わなくていいんだ。俺がそばにいる。大丈夫だ、大丈夫なんだよ」

 すると、ハルは泣き止んだ。

 京介は、抱擁を解いた。

 ハルの目尻の涙を指で拭ってやる。

 京介は、そっと、ハルのおでこにキスをした。

「ふふ、そういう愛の形もあるのか。面白い、では、こうしましょう。京介君、ゼビレイドを倒せたら、鍵を差し上げる」

「ああ、やってやる。必ずゼビレイドを倒し……」

 そう言った瞬間、無意識に、懐を探った。

 これは癖なのだ。

 徹を失ってから、ずっと続いている癖。

 すると、そこに宝玉が、あった。

「どうなさいましたか?」

 ヴァン・ショーは、何もかもを見抜くような視線で、京介を見る。

 京介は懐から、宝玉を取り出す。

「これで、どうでしょうか?」

 と京介は言う。

「いいでしょう。お譲りする。思いは伝わりました」

「……さっきはすみません」

「そうですね。土下座でもしてもらいましょうか」

「……」

「ふふ、冗談ですよ。いいでしょう。鍵を差し上げる。宝玉は大事に取っておいてください」

「……」

 京介は、鍵を譲り受けた。

 すると、ゼビレイドの気配が消えた。

 悪の気配が。

 ハルは、京介の手を取る。

「そう、行こう、徹君が待ってるから」

 ハルの手の感触は、京介を優しい気持ちにさせる。

 そして、道を急ぐ。

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