第17話カフェ「ホワイト」

 京介とハルは、とりあえず、休憩することにした。

 疲弊していたし、なおかつ、よく、そう、とてもよく話し合わなければいけない問題があったから。

 それはハルの記憶について。

 タイミングがいい時に、カフェ「ホワイト」を見つけた。

 二人は、カフェ「ホワイト」に入る。

 白い店内。モーツアルトが流れている。

 その音は心を和らげてくれる。京介とハルは、カウンターに座る。とりあえず、うさ耳のウェイトレスが水を運んできたから、飲む。ドキッとした。京介の本能。恋をする本能が、まるで超神刀が反応したときのように、反応する。流し目を送る。うさ耳ウェイトレスに。問答無用で、恋に落ちる。恋とはそういうものだ。うさ耳のウェイトレスが注文を取りに来た。とりあえず、ブラックコーヒーを注文した。ハルは、ココア。嫉妬をする気配。ハルは京介にこう言った。

「ここを出たら、海にでも行かない?」

 京介は、うさ耳のウェイトレスの、ネームプレートを、さりげなく、見た。マリーとあった。

 一度、ハルが席を立つ。トイレに行った。

 そのすきに、うさ耳のウェイトレスに、とてもナチュラルに京介はこう言った。

「マリー、ローズマリーの香りがするね」

 マリーはローズマリーの香りがする香水をふっていた。

 マリーはきっとヴァージンだ。京介は、匂いで分かる。それは雰囲気の問題。店内にはモーツアルトが流れている。

 タイミングを見計らう。さりげない会話をする。

「ローズマリー、俺も好きな香りなんだ」

「……」

 マリーは目を伏せる。

 頬に灯る熱。

 京介の本能。奪いたい。

 マリーの眼をじっと見つめて、マリーの言葉をうかがうように待つ。

京介は、軽く鼻を鳴らし、ふっと微笑する。

 初恋の悪魔がやってきた。

 マリーの心に。

 ハルがトイレから帰ってきた。

「ねえ、京介君、今、誘ったでしょ」

「え」

 さしもの京介は動揺を隠せない。

「誘ったよね?」

「そんなことしてないよ。ちょっと会話をしただけ」

「……」

 ハルは無言で、それから、ニコッと笑う。

 さしもの京介は動揺を隠せない。

 ブラックコーヒーを飲む。

 少しカップを持つ手が震えている。

「海に行ったら月を見よう。夜の浜辺で」

 京介は、ブラックコーヒーを一気に飲んだ。

 ハルはココアに口をつける。

 京介の視線はハルの口元へ行く。

 ハルが上唇をなめる。

「海なんてどこにあるの?」

 と京介は訊く。

「一つの扉の向こうにあるよ」

「扉?」

「そう、思い出の扉。海に行った記憶。今トイレに行って、思い出したの。夜の浜辺で月を眺めていた。きっと、それは京介君じゃないわ」

「海か。いいね、行こう」

 と京介は言った。

 マリーが二人の会話に割って入るかのように、「何か、追加の注文はありますか」と訊いてきた。

 京介は

「ホットドック」

 ハルは、首を横に振った。

 マリーがいなくなると、

 ハルはこう言った。

「月って、綺麗なのよ。夜の月。一緒に見たい。付き合ってくれる?」

 そう言って、ハルは、また笑った。

 京介は、ごまかすように、目線を軽くそらしてから、それからハルに視線を戻した。

 ハルは泣いていた。

「ごめんよ」

 と京介は言った。

「ちがうの、ちがうの」

 ハルは泣き止まない。

 京介はハルの肩に触れる。

「大丈夫、大丈夫だよ」

 と京介は言った。

「ちがうの、ちがう」

 ハルは、しばらくしてから、泣き止んだ。

 瞳が潤んでいる。

 抱きしめたい。京介の衝動が言う。

 もう、マリーのことはどうでもよくなった。

「じゃあ、一緒に行こう、夜の海に。晴れていたら、月も見える。きっと」

 ハルは頷く。

 ハルは頷く。

 そして、また笑った。


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