第14話迷子のハル

 ハルの記憶が呼び覚まされる。

 それは、断片的に。

 ハルは確かに十七歳の少女だった。

 そして、とある瞬間から、流動してくる圧倒的な力、その力の意のままにハルは動く。凄まじい力がハルには備わった。

 ハルは記憶の一部を対価にして、その神々の一柱に列席された。

 もはや、恐れは消え、ハルは、感情すらも麻痺した。

 そして、夢遊病者のように、夢を漂った。

 そして、ハルは、魔術幻灯のパサージュで迷子になった。

 駆けつける者もない、守られる者もない、完全なる断絶。

 そして「幻灯」が見えた。

 まるで、黄昏の聖母の祈りのような美しい夢。

 ゴルトベルク変奏曲が聞こえた。

 痛む。胸だけは痛む。

 その痛みは喪失の痛みに似ていた。

 ハルの初恋の人。しかし、片思いで終わった。

 同級生のサッカー部のエースだった。

 光り輝く、少年の笑顔。

 忘れたくない。

 ハルは夢を彷徨いながら、光り輝く少年の笑顔を思い描いた。

 救い。

 秘密基地。

 初恋の人の笑顔。

 そして、聖母が、ハルの頭をなでた、そう確かに感触を感じた。

 そして、やがて、ゴルトベルク変奏曲だけが残った。

 十七歳の少女は、そこで世界から忘れられた。

 希望の灯は、消えたか。

 しかしハルはこう言った。

「消えない。この瞬間にいる私は消えない。決して、すべてを忘れても、この瞬間が全て。乗り越えていくしかない」

 とハルが心で叫ぶと、友達が笑ったような気がした。

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