第8話占い師ゲルムと影の少女

 ウサギ紳士はこう言った。

「徹君がどの夢に紛れ込んだか。さて、それは私にもわからない。まあ、占い師のゲルムにでも訊いてみたまえ」

 そして雄太たちは占い師ゲルムのもとを訪れた。

 占い師ゲルムの家は、「分岐点」の近くにあった。

 その「分岐点」とはパサージュの事実上の始まりにある。

 道は、無限ともいえる数にわかれている。一億、否、一兆。それ以上だ。

 神々、人間、動物ですら、夢を見るらしい。

 すべての生命が見る夢。幻灯のような。否、幻灯の灯が消え、人は夢に入るのかもしれない。そして、最後は楽園にたどり着く。

 ゲルムの家の扉は、紫色をしていて、重厚で分厚い。

 雄太がノックをする。

 三回。

 返事はない。

 さらに強く三回。

 すると、扉がひとりでにギギギッと空いた。

 ゲルムの家の中に入ると、猫が出迎えた。

 猫は紫色で「にゃあ」と鳴いて、雄太の足に絡みつく。

 雄太は、猫の頭をなでてやる。

 毛並みの良い上品な猫だ。

「かわいい、猫」

 と言って、芹那も猫をなでる。

 京介は、気にせず、

「さあ、猫のことはいい、占い師ゲルムに会おう」

 と言って、

「お邪魔します」

 と大きな声で言った。

 返事がない。

「すみません、ゲルム様、お邪魔します」

 と京介がさらに大きな声で言う。

 すると、奥にあるドアがギギーッと開いた。

 何か恐ろし気な気配がする。

 雄太らはそれを感じ取った。

 自然と剣に手がいく。

 しかし、猫は後を追ってきて、「にゃあ、にゃあ」と言いながら足元でじゃれあう。

 先頭に立つのは京介。

「何なんだ、ゲルム? いや、これは、凄まじい殺気だ。俺たちに対してか? いったい何があるんだ?」

 京介は剣を抜く。

 雄太も腰に帯びた剣を抜く。

 最後尾にいる芹那は「あっちに行ってなさい」と猫を追っ払う。猫は京介が足を踏み入れた瞬間に、「にゃあああ!」と怒って、素早く部屋の中へと入った。

 そして本来ゲルムがいたはずだろうという大きな机の椅子には「影」がいた。

「影」

 それはユングの世界にでも出てきそうな影だ。

「ゲルムはどこだ!」

 と京介が発する。

「影」はすさまじい速さで、変化していく。

 そして、十七歳くらいの銀髪の美しい少女の姿になった。

 その少女は、ニコッと笑った。

 そして、人差し指を京介に向けてきた。

 京介は金縛りにあったように動けなくなった。

 少女は指をくいっと曲げた。

 それで、京介は吹っ飛ばされ、壁に激突した。

 京介の意識がとびかかる。

「京介!」

 と芹那が京介の方へ向かおうとする。

 少女は、指を芹那へ向ける。

 すると芹那の足が床から離れる。

 そのまま天井にまで吹き飛ばされて、天井に激突する。

「こいつ!」

 と雄太が、少女を切ろうと、動く。

 少女はまたニコッと笑った。

 雄太はその時の笑みを生涯忘れないだろう。

 まったく、世にも美しい笑顔。残酷さと美しさが究極な形で同居しているような。

 そして、雄太が達する前に、少女は「影」に戻って、そのまま霧散した。

「みんな、大丈夫か?」

 雄太が振り返る。

「ああ、俺は無事だ」

「私も、驚いた」

「わしもじゃよ」

「そうか『わし』もか。ん? 猫?」

 猫はいなかった。

 その代わりに、そこにいた老婆が、

「わしがゲルムじゃ」

「あなたが! さっきのはいったい?」

 と雄太が震える声で訊くと、

「あれじゃよ。汝らの『敵』は。わしはカモフラージュしてとっさに猫に化けて助かった」

「あれはやばい、とてつもない」

 と雄太。

「ゲルム様、お導きを」

 と雄太が剣を鞘におさめた。

「うむ、わしが占ってやろう」

 とゲルムは言って、大きく息を吐いてから、部屋の奥の椅子に座った。


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