第6話青い世界の中で、天使との対話

 雄太は、天井のアーケードに仄かに光る青い光をうける。その青い光が、パサージュを見守るように照らし、雄太たち三人の姿も、どこか、白々と青く輝いて見えた。一体の天使が、宙に浮いていて、雄太の横をすましたような表情で飛んでいった。

「今日は、いい日ですね」

 と天使が、雄太に言ってきた。

「はい、そうですね」

 と雄太は、愛想笑いを浮かべた。

 天使はジューシーともいえるほど豊かな白い翼をもっていた。その白い翼をゆっくりと動かし、地面から一メートルくらい浮いているのだ。しかし、白いとは言っても、全体の印象は仄かに青いのだ。ステンドグラスの加減で。

 青い光。

「これはこれは、天使のガブリエル様。ご挨拶をありがとうございます」

 とウサギ紳士は言って、大理石の床に片膝をついた。

「ウサギくん。その子たち、人間の中で、選んだんですね。汝なすべしと。神の命令ですか?」

「ええ、すべては運命の御手のなか。でも、この子たちは……」

 ウサギ紳士がそう言いかけると、

「違う、俺たち自身の意志で来た」

 と京介。

 天使は肩をすくめ、

「それは、すごい。でも、すぐに、わかる。人間の力は非力だと。君たちの意志とやらも、神々の計画のうちにあるのだよ」

 と言った。

「まあ、ガブリエル様。あまり、そのての感情を刺激してはいけない」

「そうですね。ウサギくん。何のために生きるかは自由だ。でも、自由には代償がある」

「わかっていますよ。代償は、野蛮さにつながると。暴力の感情が大手を振って大通りを闊歩したがる。うん、ガブリエル様。我々はこれから、三人の人の子を送り出す。三人の人の子は徹君を助ける。これは一種の挑戦だ。人間的な。あまりに人間的な」

「ウサギくん、君は、気まぐれにもほどがある。そもそも徹君をやってしまったのも君でしょう」

「ちがいますよ、でもしかし、そう思われても仕方がない。気まぐれや偶然以外に、人が人を助けようなんて考えたりしないものです。徹君は自身の意志で選んだ」

「ウサギくん、君の論法は矛盾している。徹君の夢は決して叶わない。いえ、永遠に叶わないでしょう」

「それは、徹の家族についてか?」

 と京介が割って入る。

 京介の眼は殺気に満ちている。

「おっと、そんな目を天使に向けてはいけない」

 とガブリエル。

「徹の家族は事故でみんな死んだ。徹はきっと、家族があの世から帰ってくることを望んだはず」

「肉体のほろんだ生物は、もう、戻れない。魂と肉体、どちらかが消失すれば、人ではなくなる。正確には亡霊となるのだ。世に未練があれば、世の中にただよう。影のごとく亡霊となり、さまようことになる。天の国はある。しかし、入れるものはすくない。ラクダが針の穴を通るように難しい」

「すっごい、いやな言い方。徹の家族を亡霊なんて! 死者を侮辱してる」

 と芹那が舌打ちした。

「少女よ。君の心には慢心がある。私は真実を述べている。君は感情的になって、自分自身を善人だと思い込みたいだけ」

 芹那の顔が怒りから赤くなる。天使ガブリエルの言葉に、真実味を感じたからか。

「神々の一人は三日後に復活した。ハル様は三日後に復活したものに匹敵する」

「だれよ? ハルって?」

「生命をつかさどる、否、世界を統べる絶対者。ハル様の記憶の中に真の世界がある。そう、新世界がね」

「女の子?」

「形で見れば、女性の形をしている。でも、精神はすべてを超越している。善悪の彼岸にいる」

 とガブリエルが言った。そして、

「ハル様は、生贄を要求する。たびたび、肉体を着替える。着ぐるみを脱ぐように。今は十七歳の女だ。ハル様は『肉体を着替える』のだ」

「徹をハルって子の着ぐるみにするのね? そんなことは許されない」

「非力な人間。浅はかな人間。人間なんぞは、神々の器に過ぎない」

 天使がそう叫んで、すごく嫌な哄笑をした。しかしこの哄笑は、聞く者によっては、美しいと感じる類のものだ。今の雄太たちには、悪魔の哄笑にしか聞こえない。

 京介が、背中に背負った超神刀の束に手を触れた。

 雄太も腰に帯びた風神刀の束を握る。

「ガブリエルさん。人間の力を侮ってはいけない。これから三人の勇者はパサージュを抜けて、楽園へ行く」

 とウサギ紳士。

「ほっほー、驚いた。楽園とは、あの牢獄ですね。多くの人間や生き物がいて、それらが管理され、神々の着ぐるみになるという」

 京介が超神刀を抜きかけた。

「やめなさい、京介君。天使を人間の尺度で裁いてはいけない」

 とウサギ紳士がたしなめる。

 天使ガブリエルは、また肩をすくめてみせた。

 そして、雄太ら三人を横目で見た。天使ガブリエルの眼は、静かで澄んでいる。まるで美しい瞳。しかし、感情を宿さない眼だ。無機質ゆえに、不気味で美しく見えるのだと雄太は思った。

 雄太は、その天使ガブリエルの眼に吐き気を覚えた。それは畏怖にも似た吐き気だ。

 人間という存在そのものを下等な地位に位置づける貴族主義的な不快さ。天使ガブリエルの眼は澄んでいるが、それゆえに恐ろしいと思わせる。的確に例えるなら、「猟奇」だ。しかし、「純真」とも取れる。

 そして、天使ガブリエルは「幸運を祈るよ」と言ってニコッと笑い、通りすぎていった。

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