第3話追憶のゴルトベルク変奏曲
少女は目覚める。
いや、少女は、ずっと眠ったままであったことにすら気がついていない。
少女には記憶がない。
生まれてから十七年の記憶のすべてが。
これからどこへ行くのか?
そして、自分は何者なのか?
答えは少女の夢が知っている。
いつまでも眠ったままでいたかった。
しかし、少女には一つだけ記憶があった。
それは白い小さな部屋で黒いグランドピアノを弾いている頃の。
自身の指が見える。
十七歳になった今とは違う。
小さな小さな手。
それは間違いなく自分の手で、指で、鍵盤をたたいている。
耳に入ってくる、いや、頭の中に反響する音は、
「ゴルトベルク変奏曲」
バッハの曲。
不眠のお姫様のために作曲されたという静かで、穏やかで、どこか神秘的なメロディ。
バロックの厳格な秩序のある音からは逸脱した透明で優しい音なのだ。
少女は夢を見る。
目覚めている夢。
忘れ得ぬゴルトベルク変奏曲。
そして、少女はもう二度と眠ることはないだろうということを自覚している。
戦いが始まるのだ。
その予兆は知っている。
自身はやがてその中心となっていくだろう。
しかし、それまでにはまだ時間がある。
だから少女はゴルトベルク変奏曲の記憶を思い起こしながら、眠られぬ眠りを生きていたい。
そう、少女は、もう夢を見る年ごろを過ぎたのかもしれない。
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