第2話友情の確認、そしてパサージュへ
日差しがやけにまぶしい。
雄太は、目を細めた。
そして、いつもの商店街を歩いていく。
明日、高校の卒業式を迎える。
もうすぐ、この街ともお別れだ。
青果店の横を通ると、果物の甘い香りが鼻をなでる。
雄太はリンゴを一つとると、購入した。
リンゴを軽く手の中で弄びながら、休日の人込みの間を通っていく。交差点に差し掛かると、顔を上げ、太陽を見つめる。そして、リンゴを一かじりした。
口の中に甘酸っぱい香りがひろがる。
思わず笑みがこぼれて、鼻歌が出る。
雄太は思い出す。
高校生活も悪くはなかったと。
背中に差した木刀を背負い直す。
剣道部に入った。
剣道は、小学生の頃から始め、高校の三年間で、全国大会で二回準優勝した。大学に進めば、剣道はやめて、軽音サークルにでも入ろうかと思っている。
長い間剣道に励んだ。うん、と頷いて感慨深げに追想に浸る。そして、眉がぴくっと動く。自分のいつも先にあいつがいたなと思い出す。
肩までくる長髪で、試合が終わり、面を脱げば、いつも客席の女に流し目を送り、黄色い声援を浴びるあいつ。雄太とは別の高校だ。小、中学時代は同じだった。
史上最強。
あいつが大会に出れば必ず優勝。
全国大会も三連覇した。
雄太は芯になったリンゴを、通りのごみ箱に投げ捨てた。
すると、通りの向こうから、一人の女が手を振ってきた。
雄太は軽く微笑んで、小走りで女の方へ行く。
女は、お嬢様高校で有名な県下の進学校にいる。
最高の美貌を持っていて、昔はロングヘアだったが、今はセミロング。
まわりの通行人が、女を二度見する。女は軽めのウールコートに白い膝上スカートをはいている。
通行人は、雄太の方を向いて、恨めしそうな視線を送ってくる。
「待ったよう」
と女が少し怒った口調で言う。
雄太は、気取ったように、地面を向いてから、顔を上げると、ふっと笑った。
「相変わらず、ナルシシストだね。そんな風だと、女子からひかれるよ」
「ふん、仕方ないだろ。生まれつきなんだよ」
と雄太が冗談めかしにそう言うと、女は舌を出し、中指を立ててきた。
するとまわりの通行人がびくっと一瞬足を止めた。
「たく、中指立てる癖はなおってねえな」
そう雄太が言うと、今度は女が親指を立ててから、その親指を下に向けた。
通行人は、それを見て、速足で、立ち去ってゆく。
「地獄何てねーよ。俺はニーチェを読むんだよ。ふん」
「じゃあ、天国は?」
「そんなもんも信じてねえな。むしろ、お前とベッドで天国に行きたいぜ」
と言った瞬間、ものすごい速さで女が拳を見舞ってきた。
拳は、みぞおちに食い込み、雄太は悶絶した。
「いってえ」
「あんた、剣道やめてから鍛え方が足りないんじゃあないの? しかも私の拳をよけられないなんて」
「お前、ものすごく空手の腕を上げたな。化け物め」
雄太がふうっと腰を上げると、今度は回し蹴りが飛んできた。
雄太は今度ばかりは、ぎりぎり見切って、頭を軽くそらしてかわす。
一瞬、びゅうっという音がして、まともに食らえば、数分後には文字どおり病院のベッドの上にいただろう。
「まあ、落ち着け、芹那。パンツ丸見えだったぞ。一瞬」
「殺す」
芹那と呼ばれた女は、顔を真っ赤にして、本気の構えに入った。
とその時である。
「おい、相変わらずのバカ騒ぎだな。てめえら」
金髪の長髪。
甘いマスクには、笑みがたたえられている。
すると、側道で様子をうかがっていた中学生くらいの女子の一団から、一瞬、きゃあっという歓声が上がった。
通行人の女子校生風の女子が反射的に、金髪の長髪に向かってスマホを構えた。
金髪の長髪は、それに気が付き、ピースサインをしてみせる。女子校生風の女子は、顔を真っ赤にして、ごほんと咳をしてから、急いで立ち去っていく。
「雄太、おめえ、ちょっと太ったんじゃねえか? 芹那は相変わらずビューティホーだな」
「あんた、相変わらず、見かけ通りの軽薄さは変わんないね」
「バカ、俺は宇宙一まじめな、優等生だぞ。それに成績は中高ずっと学年トップ。最強かつ天才。俺に勉強でも、格闘でも、敵うやつはいねえな」
「本当に嫌な奴。その通りだから本気で殺したくなる。ねえ、雄太、今二人がかりで、潰しちゃおっか」
「よし」
と言って、雄太は背中に差した木刀を取り出す。
「やめとけ雄太。死ぬぞ。俺のやばさはお前が一番知っているだろうが」
金髪の長髪が不敵に笑う。
「ああ、お前がいつも俺の前にいたから、俺は一度も、大会で優勝できなかったんだよ。その恨みをここで晴らしてやろっか。芹那がいれば勝てる」
そう雄太が言って、ちらりと芹那の方を見た。
芹那はニヤリと笑う。そして構える。
「バカが」
そう言って、金髪の長髪は自分の背中を探る。そこには木刀がある。木刀をすっと抜く。
三人が殺気立つと、周りの通行人が、大急ぎで、その場を後にする。
街路樹にとまった烏が一斉にはばたく。
側道のベビーカーを引いた母親が、急に泣きだした赤ん坊を急いであやしながら、ちらちらと三人をうかがい立ち去っていく。
普通なら、ケンカが起これば、みなスマホを構えるものだが、構えた瞬間に液晶にピシッとひびが入るのではないかという疑念にかられるほど、殺気が炸裂しているのだ。
三人はじっと睨み合っている。
雄太の頬を大粒の汗が伝う。
芹那はギラギラと目を光らせる。
金髪の長髪は、すっと半眼になって、気配が消える。
肩がすっと少し下がり、不動の構えだ。
雄太は、大会を想い出した。
目の前のこいつは、刀を握ると、鬼神と化すのだ。
まともにやり合えるのは全国でも、五本の指で数えるほどしかいない。
そのうちの一人に雄太は入っていた。
「やっべえ、こいつ。金髪の狂獣だよ。構えだけで、私、もういきそう」
と芹那が呟き、笑みをかみ殺す。芹那の歯はがちがちと鳴り始める。口の端から熱い吐息が漏れる。
「いくぞおおお! 京介!」
「覚悟しな!」
と雄太と芹那が同時に叫ぶ。
次の瞬間、世界が消失した。
「やあ、久しぶりだね」
彼らの間に一人のウサギ紳士が現れた。
世界は時を止めた。ちょうど、通りがかった猫は尻尾を立てたまま固まった。人も時も光の揺らめきさえも、すべてがピタッと止まる。
商店街の大時計は午後二時で止まっている。
唖然としている三人だけが、ウサギ紳士を目で追う。
「どうしたんだい? ケンカなんかして。そんなんじゃ、徹君は救えないよ」
と言ってウサギ紳士は燕尾服の内ポケットから、葉巻を取り出し、ジッポライターで火をつけた。
すす―っと大きく深呼吸するように吸ってから、はあっと陶然と煙を吐く。
葉巻からくゆる煙は色を帯びている。
まるでシャガールの絵画のようなきれいな青だ。
「どうしたんだい? まるで目玉が飛びだしそうっていう顔だね」
そう言われた三人はお互いの顔を見合う。
「本当にきた」
三人はポケットを探る。
そしてビー玉を取り出す。
三人は互いに見せあうように手のひらの上にビー玉を乗せる。
ビー玉は、充電ランプが点滅するように光っている。
「よし、大事に守り抜いたようだね。合格だ」
と言ってウサギ紳士は携帯灰皿を取り出して葉巻をもみ消し、収める。
「さて、君たちに愚問はいらないね」
そしてウサギ紳士は、指を差した。
その指の先には、入り口がある。
古い雑貨屋の壁に、あるはずのない空間がぽっかりと空いている。
上部には看板がある。それには、
【ファンタスマゴリー(魔術幻灯の)・パサージュ】とあった。
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