第50話 挑戦を点棒に賭けて。

 多少の違いはあれど、死は平等に与えられる。

 しかし、死後はどうなのか? 

 それは死んでみなければ分からない。


「メェ~……めぇぁ、ん? あ、戻った」


「あ! 元に戻ったみたい!」

「良かった~。ヤギのままだったらどうしようって一瞬焦ったぁ」


 魔女はカグヤと桃太郎の戦いに巻き込まれ、怪物二人の一撃をもって倒された。


 その結果、抵抗する力を失ったヒルドは契約した悪魔に魂を食われ、完全に消滅。


 ほどなくしてヤギ化の魔法が解けた男二人は、すぐに違和感に気がついた。


「お前ら、無傷で勝てたのか?」


 戦闘能力が高いとは言えない山田とセラル。そんな二人が無傷であの魔女に勝てるとは到底思えない。


「あー、まあ細かいことは気にしないでいいよ」

「そうそう、みんな無事なんだからさ、それでいいじゃん」


「ん? ああ……まあそうだな」


 玉手箱の残りを使って傷を治した二人は、その副作用で歳を取ってしまった。と言っても数年程度のため、見た目はほとんど変わらないのだが、とうの本人達は結構気にしている。


「さて、これで【三種の神器】が揃ったな!」

「長かったー、でもなんとかなるもんだね」

「まだ死んでるけどな」


 魔女を倒して全ての神器を揃え、後は鬼退治をすれば晴れてよみがえり。そしてこれまでの冒険や非日常を本当に終え、ありふれた日常に戻る。


 こうして準備も出来た! と足早に、俺達は鬼ヶ島に行くことにした。


「さあ、みんな準備はいい?」


 山田は全員に触れながら勾玉の力を発動させる。


「向かうは鬼ヶ島! 『転移』!」




 鬼ヶ島。そう聞くとほとんどの者は海に囲まれた絶海の孤島を想像するだろう。


 しかし煉獄に存在する鬼ヶ島は海に囲まれているどころか、"島"ですらない。

 

 そんな場所に飛んだはずの俺たちだったが───。


「なんもねぇな……」

「ただの砂漠だな」

「転移場所を間違えた、とか?」

 


 あたり一面、砂で盛られた地面が四方に広がっており、鬼ヶ島どころか何もない。

 むしろ雲行きが怪しく、風が低気圧の影響で上昇気流を巻き起こし、黄砂おうさが空中を舞っている。


「そんなはずはないけどなぁ」


「魔女の時と同じで近場にあるんじゃないか?」


「つってもそれらしいモノなんてねぇぞ」


 それから、少し歩いてう~んと周りを見渡したが見つからない。


「あッ!」

「どうしたのセラル?」


 セラルは立ち止まって見ていた。それは俺達が探していた方向とはまったく別の────。


「雲?」


「???、なにか見えたのか?」


「んー、雲の上に何か乗ってるように見えたんだけど……気のせいかも」

「いや、十分あり得る。この世界は科学的でないものばっかりだしな」


 もしも雲の上に"鬼ヶ島"が存在しているなら、転移しても見当たらないのも当然。


 他にそれらしき場所もないし、試してみるか。と俺はジャックから貰った豆をポケットから取り出した。


「何してるんだ永岡?」


「園芸」


 ジャックと豆の木、おそらくコレはその豆だ。それなら、この豆を砂に埋めれば……。


 ジャックから貰った豆を地面に植えると、すぐにニョキっと芽が出てきた。


 俺たちはそれを囲うように立って見守っているとグングンと芽は成長していき、その成長スピードは大きさに比例するように加速していく。


「思ったより早ッ! みんな掴まれ!!」


 緑色の巨大な茎のような木。そのてっぺんに掴まっていた俺たちは止まらない木の成長と共に更に上へ、更に上へと昇っていく。そして、その高さは雲を突き抜けてまで届く。


 雲を越えた俺たちは、辺り一面に広がる白い綿の海。その絶景に目を奪われた。


 そして────────。


「ロン! 満貫です」


「かぁ、マジか! ワシもコレ危ないと思ったんだよぉ!」


 そこには麻雀をしている鬼3人と


 取り巻きの鬼たちは体格はいいが人間サイズ。しかし閻魔は巨人と変わらない大きさの体。一人だけかなり目立っており、チョコンと背もたれのない椅子に座っている姿はかなりシュールだ。


「あー、ちょっと待て。あと半荘ハンチャンで終わるから」


 俺たちに気がついた閻魔は「待て」と言い、麻雀が終るまで俺たちはその様子を見させられた。


「……まさか本当にここまで来るとはな。カン」


「お前、『天の声』だろ」


「おッ、気が付いておったか。いかにも、お主らは女子おなごを期待していると思ったが」


「俺は期待していたぞ」


 閻魔は続けて言う。


「ワシは天の声でもあるが、お主らの最後の敵"ヤマラージャ"でもある」


「ん? 閻魔大王えんまだいおうって名前じゃないの?」


 兵藤とセラルはそもそも"閻魔"も"地獄"という概念も知らない。知っているはずの俺たちでさえ、頭に「?」という文字が浮かんでいるぐらいだ。


「それは和名だ。ワシはそもそも印度インドという国のヤマ、つまり閻魔天ヤマラージャで閻魔大王と呼ばれている」


 インド神話が仏教に取り入れられ、そこから中国の道教、平安時代の日本と伝わってきた地獄界の主。死者の審判と同時に地蔵菩薩じぞうぼさつとして現世の人々を見守る役目を持つ者。


 そんな閻魔は地獄を管理するかたわら、"上"の作ったこの『煉獄』の責任者をしている。


 そもそもこの世界に罪人が復活するための秘宝などない。ココに来た罪人にやる気を出させるための嘘であり、その代わりとして閻魔はその力を持っている。


 鬼ヶ島に辿り着き、もしも閻魔を倒せる者が現れたら、その者達を蘇生させる決まりになっていると──。


「……よく分かんねーけど、つまりアンタを倒せばOKってことか?」


「その通り。おッ、ツモッ! 跳満6,000オール!!」


 逆転の和了あがりで完全勝利を収めた閻魔は両手を上げて喜ぶ。

 と同時にその背後にいた兵藤がバッティングの構えで魔剣を振りかぶる。


「終わったなら、さっさとけ」


 が────。


「ド阿呆あほうが、お前を警戒してない訳なかろうて」


 振りかぶった刃が閻魔に当たる直前、兵藤は


「『奈落堕とし』。奴はこの世界とは別の暗闇空間、その底の底まで永遠に落ち続ける」

 


 立ちあがった閻魔はゴキゴキと肩を鳴らし、巨大なシャクを持つ。


「お前たちは閻魔殿に戻っておれ、ワシは今から労働の時間だ」


 ハッと声を揃えて他の鬼たちは瞬時に姿を消す。


「さて、まずは誰から──ってあぶなッ!」

「エンマかケンマか知らないけどさ、さっさとヒョウドルを戻して!」


 魔女の弓を構え、鬼のような顔つきで怒るセラル。が、そんな様子を見ても閻魔は平然として答える。


「心配せずともワシを倒せば解除される。あ、自力で戻ってくることは期待しない方が良いぞ、アレは神や仏でもなければ抜け出すことは出来ない」


 兵藤がいない。今までにないこの状況。

 最後の敵を前にして……これは不味い。


「閻魔のおっさん、少し時間をくれ」


 戦力はガタ落ち、セラルも冷静ではない。ここは落ち着いて作戦を練らなければ無理だ。


「……良かろう。だがその前に伝えておこう」


 ここ煉獄でワシを倒すチャンスはこの一回だけ。

同じ者が挑むことは出来ず、負ければ魂が擦り切れるまでこの世界に残ることとなる。


 全員でかかってくるも良し、いったん引くも良し、よく考えて挑むことだな。と閻魔は椅子にドスンっと座って教えてくれた。


 しかし、俺たちの答えは既に決まっている。


 この世界に来た時点で腹はくくっている。そもそも死んだこの命。全力でやるだけだ。


「山田、お前は──」


「……分かった、でも大丈夫かな?」

「やるだけやってみようよ」


 しばらくして俺たちは、閻魔の前に立った。


「あの山田とかいう小娘はどうした?」

「アイツは不参加だ」


「……まあ、良いだろう。それでは最後の試練を始めようか」


 とその口上こうじょうと共に、閻魔は巨大なシャクを振り上げて棒状に変化させる。そして、雲の広がる大地に対してそのシャクを思いっきり突き刺す。


 揺れるはずのない雲の床は、ゴゴゴッと地響きを鳴らしながら赤黒く変色していく。


 そして次の瞬間、辺り一面は────。



 地獄の業火に包まれた。

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