第49話 男には理解できない事もある。

 高校生の頃に母を亡くした。


 それから色々あったけど、頑張って勉強して大学生になった。


 シングルマザーの母は一人で私を育てていた。


 貧乏な生活だったけど母の愛情は深く、気立ての良い凛とした姿に、私は憧れすらいだいていた。


 これは母の教えでもあり、自分自身の決め事。


 私は、私の大事な人のために命を賭ける。



「男どもは邪魔ね。『ヤギにりなさい』」


 メェーと鳴いている白いヤギと黒いヤギ。それは悪魔と契約し、その力を手に入れた魔女ヒルドの魔法。兵藤の毛皮だけ何故か黒いが特に意味はない。


「素晴らしい! これが悪魔の力!!」


 黒い羊の角に蝙蝠こうもりのような羽と細長い尻尾。タコを思い起こさせる横に長い黒目。そんな姿に変貌し、自身に宿った力に対して喜びを上げるヒルド。


「二人ともいったいどうしたの!?」


「メェ……(いやぁ、どうしたと言われても)」


「メェ~~~(あの魔女の魔法だろ、自分で悪魔の力だと言ってるし)」

「魔女に……姿を変えられたっぽいね」


「この家ももう捨てちゃおうかしら、『睡魔すいまいばら』」

 

 ヒルドが魔法を唱えた瞬間、バキバキッと地面から巨大な茨が何本も生え、家を内部から崩壊させていく。天井や壁が倒壊する間もなく茨は縦横無尽じゅうおうむじんに伸びていき、周りは茨の森と化していく。


「メェ~………(もうお腹いっぱいだぞ……)」

「メ、メェ…………(やばい、眠気が…………)」

 

 そして茨が生えると同時、急激な眠気に襲われたヤギ二匹はバタンと倒れ出す。


「……私も……意識が…………」


 同様にセラルも意識を失い、眠気で完全に落ちる直前、バチンっと頬に痛みが走る。


「しっかりしてセラル! 寝たら終わるよ!」

「わッ、あぶないあぶない! 完全に落ちかけてた……」


 そんな二人のことなど気にも留めず、魔女は黒く濁った杖を天に向けグルグルと回して唱える。


「集まれ、『さわりの雷雲らいうん』」

 

 すると真っ暗な雲があたり一面を覆うように集まり、落雷が次々に周り一面に落ちていく。


「あら、眠らなかったの? 寝てた方が楽だったろうに」

「うっさい、二人を元に戻せ」

「それは出来ない相談ね。心配しないで、あなた達もすぐに逝かせてあげるから」


 山田の言葉を軽くあしらい、それと同時にヒルドは杖のさきを向けた。


『死よ、落ち──「させないよ」


「変身─『解除』」

「ぐあああああああああああああああ!!!!」

 

 ヒルドは魔法は使うことなく


「ぐッ、ぁ、あなた、何よその姿……。まさかあなたも悪魔と契約──」

「違うよ、これが私の本来の姿。さっきまでのが借り物」


 ヒルドの魔法を遮ったのは全身が美しい青で染められた少女。オーパーツ星人の、真の姿のセラルだった。


「助かったよセラル、ていうか剣も使えるじゃん」

 セラルの手元には兵藤が使っていた魔剣。


「剣術指南は受けたけど、弓ほど得意じゃないんだよ。ほら、その証拠に」

 山田はそう言われて視線を再度、袈裟切けさぎりにされた魔女に向けると──。

 

「ふう……残念だったわね。どうやらこの程度じゃあ、私は死なないらしいわ」


 切れたはずの傷口を瞬時に塞ぎ、ピンピンしているヒルドの姿がそこにはあった。


 悪魔の力。悪魔自身と化したヒルドは半不死身の肉体を得ていた。技術不足とはいえ地球人とは比べ物にならない膂力りょりょくを持つセラルでさえ、ヒルドに致命打を与えられない。


 悪魔の肉体をも越える大きな一撃、それを魔女に与えなければ倒すことは出来ない。しかし、魔剣も神剣の力も二人には使えない。


「どうする? 時間稼ぎぐらいは出来るけど……」

「セラル、私に策がある。聞いて──」


「何をコソコソ話してるのかしら?」

 魔女は会話の猶予も与えず、杖を向けて唱える。


「『白痴はくちの風』」


 魔法によって生み出された白い横風が魔女の背後から吹き出し、瞬間的に山田とセラルのもとを通り過ぎていく。

 

「あれ? わたしはいったい何を…………」

「何言ってるの山田! 行くよ!!」


「あら? あなたはやっぱり効かないのかしら?」

 魔女は不思議そうな顔をしつつも、冷静に対応する。


(あのほうけている女は大したことないわ、青い方を警戒しましょう)


「『睡魔すいまいばら』」


「ああもう! この植物邪魔!!」


 自分に向ってくる植物を次々に伐採ばっさいして突き進むが、後退しながら魔法を使ってくる魔女に近寄れない。


「『さわりの雷雲』」

「がはッ……」

 

 当たった瞬間にき、こがし、それでも無事な者に致死性の病魔を植え付ける魔法。人間がこれに耐えられることはない。しかし────。

 

「なぜ? なぜ逝かないの? あなた異常よ?」


 それから一分と満たない時が立ち。


「っ!! 私はセラルと……。そうだ、セラルは──ッ」

 山田はやっとのことで正気を取り戻し、目線を動かすした。しかしそこには──。


「ふふふ! やっと倒れたわね!! そうよ、私にこうべを垂れなさい!!」 


「うっ、ぐっ…………」

 傷だらけになりヒルドの眼の前で膝をつくセラルの姿があった。


「さあ、これでフィナーレね。バイバイ、可憐なお姫様!」


 息をつく間もなく、とどめの一発を喰らわせようとセラルの額に杖をピタッとつけ、ヒルドは即座に呪文を唱えだす。


「『死よ───』」


 やばいやばいやばい! 間に合え! 間に合え!


「『落ちろ』!!」

「セラルッ!!!」


 魔女の攻撃は放たれた────。


 がしかし、それは空を切り地へと流れて消える。


「ぐへッ! もっと優しく助けてよ!!」

「しょうがないでしょ! 緊急事態だったんだから!!」

「あら? あなたはもう一人の……。そう、魔法が解けたのね」


 勾玉の力で近寄り、間一髪でセラルを押しのけ、ピンチから救った山田。

 ────が、


 ガリッ!!


 と足元に何かが刺さるような感触が走る。


「でも残念、また、魔法が発動するわよ。今度はイイ夢が見れるといいわね」


 『睡魔の茨』。この茨のとげに触れた者は強制的に眠りにつく。もう数秒もしないうちに意識はまた、落ちる。


「山田、ごめん、もう体が動かないや…………」


「どうやら完全に決着がついたようね。急に現れた時には少し驚いたけど、まさか自爆なんてお笑い草だわ」


 ヒルドに笑われながらも山田は焦ることなく、持っていた剣の刃先をスーッと自身の足に向け──。


 ッ!!


「なッ、あんた何してんのよ!!」


「ツー-ッ。うっさいなぁ、自分の体に何しようと勝手でしょ……」


 神剣の突きささった傷口から、血がドバドバ噴き出て地面には小さな水たまりが形づいていく──。


 全ては気つけのために。


 自ら突き刺した足は勢い良く貫通し、強烈な痛みを脳に張り巡らせ、意識を嫌でも振るい立たせる。


「いっーッッっ!!!、でも起きてる!!」


「たッ、たとえ眠らなくても、私を倒すことなんて出来ないんだから! さ、さっさと諦めなさい!!」


「嫌だね。それに、女同士なんだから分かってるでしょ?」

「……何をよ?」

 

「一番怖いのは……女ってこと」


 フッと笑った山田は、ヒルドの足に優しく手でれる。


「……?、いったい何を──「『勾玉よ、魔女をあの場所に』」



 そこには山のように大きな桜の木がある。


 そこには、首が八つに分かれた大蛇の遺体が眠っている。


 そしてそこには──────。


「なっ、ちょっ、どこよココ!!?」

 

 空中!!? そうか! あの女、私を空から落下死させるつもりか!!


 でも残念、私の羽はお飾りでない! こんなことで私は殺せない!!!


 バサッバサッっと羽をばたかせ、重力に逆らう魔女ヒルド。


「よしっ、一瞬ヒヤヒヤしたけどこれで────」


「チェストおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「死ね桃太郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 束の間の安心。


 そんなヒルドを挟むように、左右から急接近してくる謎の二人。


「なッ! あなた達誰!? 止まりなさいッ!!!」


 しかも二人自身にもその勢いを止めることは出来ない。

 

「「避けてくださぁああああああああああああああああああああい!!」」


「クソッ、しょうがないわ───ッ!!?」


 緊急避難するためにヒルドは更に羽を動かそうとするも、ガクッと空中で態勢を崩す。

 バッと後ろを振り向き自身の羽を見ると、右翼のど真ん中に──が。


「あんの! クソ女どもがぁああああああああああああああああああ!」


「「ぶつかるううううぅぅッッ!!!!!」」


 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

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