第44話 地獄の沙汰でも歌って叫べ。

 "乙姫おとひめ"。その名は妹の姫・すえの姫である"弟姫おとうとひめ"を由来とする。

 

 年若く、美しい女性。という意味が込められており、浦島伝説では「竜宮の乙姫さま」として知られているが、その存在は定かではない。


 そんな乙姫さまは『煉獄』で娯楽施設として竜宮城を開いており、その見た目の美しさもあって、全ての者から愛されている。


 そんな美しい乙姫さまも昔昔に失恋をした。その相手こそが浦島太郎である。


 乙姫は竜宮城に来た浦島を愛していた。


 100年にも及ぶ大恋愛。しかし、そんな乙姫の気持ちとは裏腹に、浦島は違う女にうつつを抜かしてしまった。


 それが、姉姫あねひめ


 自身の身内に恋人を奪われた乙姫は、浦島や姉に対して愛情ではなく憎悪を覚えてしまった。そしてそれを機に乙姫が作り出したのが"玉手箱"である。


 元々は自身の美しさと若さを保つために作っていた試作品。老化吸収装置を改造し、封じ込めた年月を開けた者に強制的に与えるパンドラの箱。


 それが玉手箱。


『私のことをまだ愛しているなら、この箱を絶対に開けないでください』


 愛と憎悪の呪い。


 浦島はまだ自分のことを思ってくれているのかもしれない…………。


 姉に勝てなくても、それでもまだ諦められない。という自身の未練。それを乙姫は約束と共に手渡した。しかし。


 結果は知っての通り──……。


「こうしてワシは未練を捨て去り、金を愛しぬくと誓ったのじゃ」


 扉を開いて入場した竜宮城。


 そこで出迎え話しかけてくれたのは、竜宮城の乙姫さま。今、目の前にいる少女がその人本人であった。


 数百年の時を生きている老婆にも関わらず、見た目は若い。どころか幼い。


 浦島との一件以来、玉手箱を定期的に作っている影響だそうだ。


「しっかし驚いたぁ。まさかおめーらとココで会うなんてなぁ」


 そしてその隣には、裸踊りで人魚達と遊んでいた金太郎。


 相撲勝負からしばらくして仕事を辞めた金太郎。先日からその退職金が振り込まれた景気づけに、行きつけの竜宮城に来た所、俺たちが現れたそう。


「んで、おめーら何しに来たんだべ? 遊び?」


「いや俺らっていうか、この子が用事があってな」

 永岡は、金太郎の近くに控えていた人魚達の胸元を凝視しながら答える。


 そんな永岡のポケットの中にいたカグヤは、面倒な交渉は意味がない。と、足早あしばやに乙姫へ要件を伝えることにした。


「乙姫さま、わらわに玉手箱をお譲りいただけませんか?」


「ふむ、そなたはカグヤ姫か。みかどをたぶらかしたオナゴって、姉様みたいでなんか気に入らないんじゃよなぁ。どうせ家事とかも適当なんじゃろ?」


 このババア、見た目は若いがまるでしゅうとめ。まだ未練たらたら、浦島のこと断ち切れてねえ。


「…………」

「まあ良い、玉手箱が欲しければココで遊んで行け」

「?、どういうことだ?」


 ここ竜宮城では娯楽を来たものに提供している。


 しかし、もちろんタダではない。

 チャージ代・ドリンク代・サービス代など様々な物に金がかかる。


 その代金が一定額以上となった者にのみ特別に、"玉手箱"をプレゼントされる。

 そしてそんな太客、つまり竜宮城のvipは界隈から"浦島太郎"と呼ばれ、敬愛される。


「つまり、どんどん飲んで遊びまくれば"浦島"になれるってことだべ」

 

「なるほど、でもお高いんでしょう?」


「総支払い1000万で1個じゃな」


  高! いや、人によっては安いのか?


「がはは、玉手箱は特別だからなぁ。オイラはこの店に500万近く使ってるから、もう2年ぐらい通えば浦島だべ」


 地獄の沙汰も金次第。とは言うものの、俺たちやカグヤに生き越しの金はない。


「兵藤、どうにかならないか?」

 

「この世界の経済システムは知らんが、金なら持っている奴に使わせればいいだけだろ」


 と言うと兵藤は山田・セラルに小声でコショコショと何か耳打ちした。


「ええ、やだなー」


「山田、ここまで頑張ってきたカグヤを不憫だとは思わないか?」

「……了解」


「ぶーぶー、私はヒョウドル以外に興味ないよ!」


「セラル、お前は後でハグしてやるからしろ」

「やります!」


 大きなソファに座り、ガハハと機嫌よく酒を飲んでいる金太郎。

 その両隣に、スッと山田とセラルは座った。


「おお、どうしただ?」

「あのさ、金ちゃん……私たちにお酒をおごってくれないかな?」

「金ちゃん!? 急になんだべ……」


 と戸惑っている金太郎の腕に山田はくっつき、胸を押し付ける。


「えッ、えッ?」

「ねえねえ、私も飲みたい……」


 セラルも山田に負けじと肩を寄せ、太ももに手をあてがい、うるうるとした瞳で金太郎に上目遣いでおねだりする。


「うッ、なんだべさ……もしかしてこれって──」


(モテ期!!?)


「金ちゃんお願い……」

「ねえ、我慢できないよ……」


 先ほどまで酒に酔ってへろへろになっていた金太郎のキンタロウは、その血と力を下腹部に集結させテントを設営。


 少し前かがみになった金太郎は、ついぞその欲望を我慢できず、決意した。


「うおおおおおッ! ありったけのシャンパンとドンペリ持って来い!!!」

 

 有り金全部使ってでも──この二人と遊ぶと。


「金ちゃんかっこいい!!」

「金太郎最高! 金太郎最高!」


「がははは! じゃんじゃん持ってこいだべ!!」


 と簡単に女に玉を握られ、手玉に取られている金太郎を遠くから見ていた兵藤と永岡は、顔を見合わせ「自分たちも気をつけよう」とお互い無言で首を縦に振った。


「さあ! 金ちゃんまだまだ飲めるよ!」


 ゴクゴク──。


「おっと! 「ごちそうさま」が聞こえない!」


 ゴクゴクゴク────。


「すみませーん、追加お願いしまーす!!」


 ゴクゴクゴク───ゴクッゴクッ……。

 

 

 夜を越え、朝を迎え、昼に起きた頭は二日酔い。


 ボーッとしながら起きた金太郎の目の前には、ニコニコ笑顔の乙姫と、その手に持って自身に向けられた請求書。



 【請求書】


 坂田金時 様 No.813-2391

 

 地獄界煉獄区竜宮1-1-1 〇年〇月〇日

 

 当店サービス利用・ご注文品目に対する請求を

 下記の通り申し上げます。


 ご請求金額 ¥12,837,500-




「あの、乙姫さま…………」

「なんでしょうか? 様」


「あの、オイラ今手持ちが──」

「大丈夫じゃ、お主の丈夫な体。臓器の一つや二つ、失っても問題はない」


 「えッ? あの…………」


 キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。


 「え、なに!? なにこの音! 怖い!!」

 「大丈夫! 玉手箱で傷元通りじゃ!」


 「ぎゃああああああああー-----ー-ッ!!!!!」


 皆さまも死後は是非とも遊びに来てくだされ。

 どんな方でも楽しく遊べる竜宮城。

 飲めや歌えや、どんちゃん騒ぎ。


 来るもの拒まず、人魚と姫の、地獄の楽園──────。


 ご利用は計画的に。

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