第三章

第39話 天国良いとこ一度はおいで。

 大きな大きな川が、流れている。

 大きな大きな川に、流れている……人が。


 ここは世に言う「三途の川」だろうか? 


 ここにいる皆は、川にかかった橋の近くにいる老婆に言われるがままそのまま橋を渡ったり、または川を泳いで向こう岸まで移動していた。


 俺は兵藤に殺され、今この世界にいる訳だが……いったいどうしたものか。


「はい、次のやつ。早く来な!」

「なんだババア? なんか用か?」

 え!? ひょ、兵藤!? 

 なんでアイツが……しかもセラルもいるし……。


「おーい二人とも! なんでお前達がココに?」

「そんなもん、コイツから逃げるために決まってるだろ」

「私はヒョウドルに付いてきただけだよ」


 永岡が死んだ直後の現世。そこには二つにカットされた遺体と、二人の宇宙人。


「さて、オレも行くか」

「えッ、ヒョウドルも行っちゃうの? じゃあ私も……」

「ダメだ。『煉獄』という世界には何があるか分からない。──オレは、お前を危険に晒したくないんだ」

「ヒョウドル…………」


(納得したようだな……よし!)


 兵藤とセラルの死生観は、地球人とはかなりズレている。


 死んだ後の世界があると確定した時点で、死ぬこと自体に問題はなく、死後世界の「未知」そのものが危険だと二人は考えていた。


 しかし兵藤は、「セラル」という少女にそれ以上の危険性を感じていた。


 今まで自由奔放に惑星すら手玉に取って遊んでいた自分が、むしろ手玉に取られて調子を狂わされている。


 正直、逃げるのは業腹だが『煉獄』とかいう世界まで行けば、しばらくセラルに会うことはない。

 その上で先行させている永岡を使って遊べば、退屈はしないと兵藤は考えていた。

 

「セラル、最後だ。目をつぶれ」

「う、うん……」


 セラルは少し悲しそうな顔をしながらも目を閉じ、少しだけ背伸びをして口を尖らせる。


 兵藤はその場で上体をのけ反り、拳を固め、大きく振りかぶって─────


「ん? ヒョウド───グギャッ!!!」」


 ぶん殴った。


「じゃあなセラル。達者で生きろ」


 顔面にとてつもない衝撃を受けたセラルは、その場でよろめく。


 と同時にピッ──ピピピピピピピッと兵藤の首輪が鳴り響く。度重なるルール違反によりその効果が─────。


だッ! やっぱり私も行く!!」

「ばッ、おまッ!!!!!」


 ───発動した。


 そして現在、三途の川を運営し死者を仕分けする「奪衣婆だつえば」という老婆が拷問されていた。

 

「あばばばばばばばっばばば」

「おい、『橋を通れ』と言え」

「はぁはぁ、ダメじゃ! お前さんは川──あッちょぶばばばばばばばっばば!!」


 三途の川は、奪衣婆の許可が貰えない限り橋を渡れない。通ろうとしても、何か見えない力によってハジかれてしまう。


 しかし川はかなりの激流。しかも川の中にいる得体のしれない化け物が死者を引きずり、嚙みちぎり、邪魔をしている。


 それを見た兵藤は奪衣婆の首根っこを掴み、水責めにすることで、強制的に「許可」を出させていた。


「ぶっはッ、分かった……。分かったから……『許可』するから……」

「判断が遅いぞババア。そんなんだからアクセルとブレーキを間違えるんだ」


 なんでお前がそんなこと知ってんだよ。


「ダメだよヒョウドル。お年寄りは大事にしなくちゃ」

 セラル、なんてイイ子なんだ。


 と感心していたが、その言葉に反して兵藤は「何言ってんだコイツ」という顔をしている。


「ここは死後の世界、年なんぞ関係ない。それに生きていた年数で言うならばオレの方が上だ。つまり、世界はオレを大事にするべきなんだ」


「確かに……」

 

「セラル、納得しちゃダメ」


 こうして方法はどうあれ、無事に俺たちは川を越えた。しかし今度は雲で出来た大きな道に長蛇の列が出来ており、そのせいで先に進むことが出来なかった。


 死者たちの列、これは「閻魔殿えんまでん」と呼ばれれる死者のための裁判所。そこで判決を受けるための行列。


 さっきの「三途の川」もそうだが、みんなが生前の見た目・生前の服装のままの姿であるため、死んでいるって実感がない。


 しかしココはあからさまに日本……いや地球上のモノではない。しかも俺たち三人含め、ここにいる連中の頭には黄色い輪っかがプカプカと浮かんでいる。そこもテンプレなのか……。


「永岡、これはどのくらい待つんだ?」

「さあ? 全然進まねえし数時間は掛かかりそうだな」

 

「ダメだ、待てん」

「は? 待たないって──」


 そう言った兵藤は前にいる死者を掴み、道の外にポイッと投げる。


 そしてその先にいる死者を蹴り飛ばす、そしてその先の先にいた奴も、ぶん殴る。そしてその先の先のまた、その先の奴も投げ飛ばす。


 これを目的地に着くまで何度も何度も繰り返し始めた。


 そして遂に海を割ったとされるモーゼのようなその行進によって、先ほどまで塞がっていた道がどんどん開き、結果として俺たちは爆速で閻魔殿の手前にまで到着した。


「おいおい、まだ地獄に行ってないはずなのに、既に後ろが地獄絵図なんだが」

「地獄ってなんだ?」

「お前みたいな奴がたくさんいる場所」

「え、何それ。どうやったら私は行けるの?」


 と軽口叩いていた俺たちだったが、順番が来た。


「お主たち…………何者だ?」


 目の前にものすごい巨漢のオッサン。


 赤を基調とした荘厳そうごんな服装にたくましいヒゲ、大きなシャクを持ち、座るその姿は昔の巻物に出てきそうなほど絵になっている。


どうやらこのオッサンは、閻魔殿の長『閻魔えんま大王』その人のようだ。


「オッサン、あんた山田っていうオッパイのでかい女知らないか? たぶん『煉獄』って場所に連れていかれたんだが……」


「なるほど、お主達はあの小娘の知り合いか」


「!、やっぱり山田はここに来てんのか!!」


 俺の言葉に続いて閻魔は語った。


 山田は閻魔自身も含め、死後の調停を管理する裁判官たちの総意によって『煉獄』行きが決定した。

 

 既に刑は執行されており、山田は今まさに『煉獄』にいる。そのため、俺たちがココで何を言おうが刑が覆ることはない。と。


「たしかにあの小娘は善性な心の持ち主だ。しかしルール違反を犯しすぎた。それもあってはならない違反をな」


 死んでもなお現世に残り続け、神のような力を行使し、ついには自身を蘇らせたことによって違反を重複してしまった山田。


 それらの結果として地獄の底の更に下、『煉獄』行きとなった。……なるほど、言いたいことは分かる。でも納得はできねぇ。


「おいオッサン、それなら俺達も山田のところに連れていけ」

「ほう……お前たちもあそこに行きたいのか」

「いいえ」

「私はダーリンと一緒ならどこでも」

 おい、お前ら。


 自分の顎ヒゲを少し触りながら、少し考える閻魔。その答えは─────。


「ダメだ、お前たちはただの地獄行き。とりあえず鏡を使って刑の重さを決め──」


 バキッ


「うっせぇ、いいから連れていけよ」


 俺は殴った。ツーーと拳から血が垂れて割れた鏡が赤く染まっていく。


 浄玻璃じょうはりの鏡だっけか、大層大事そうな鏡をぶっ壊してやった。そんな俺が、地獄行きってのはおかしいよな? てか痛ぇ……死んでも痛覚あんのかよ。


「ふはははは! いいだろう大罪人! お前たちは『煉獄』行きだ!!」

「おい待て、お前たちってなんだ。オレは関係な──」


「ハイズドーーーーーーーーーーーンッ!!」


 兵藤の言葉を遮るように、閻魔は俺たちを指差しながら叫んだ。


 そして次の瞬間、今まで立っていた床には大きな穴がバッと開き、吸い込まれるように落ちた。


 暗闇の中で永劫とも思える落下を続けた俺たちは、気がつけば意識を失った。


 そしてしばらく経ってから目が覚めた俺たちの目の前には────。


「どすこい!!!!!」

「ど、どすこい!」

 

 山田と全裸の男が……相撲をしていた。

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