第18話 人は空も飛べる。

「ぐっ……ぐおぅッ!!」

「永岡! 大丈夫!?」

「なんで永岡まで………」


 観客として参加していた永岡にも、ボラギノ草の毒が回り便意をもよおしていた。

 会場に存在する便意は三者三様の様相ようそうていしている。


「さあ、来い兵藤……その首をはねてやるぞ」

一昨日おととい言ってろ、お前が近づいて来い」

 闘技場の中心で決勝に進んだ戦士二人はケツと腹を抑え、ぷるぷると震えていた。


 しかし観客は二人の状況が分かってないため我慢の限界。


「おい! いい加減動けよッ! 戦えッ!!」

「面白くねえぞッ! バルザック、さっさとそいつを殺せー--ッ!!」


「なんということでしょうか、会場からは動きを止めて見つめ合う両選手に大ブーイングの嵐ッ!」


 ふざけるな。貴様らに私の苦しみが分かるものか……。動かねば負け、動いても負けるこの状況。

 勝負に負けるか、それとも試合に負けるかを選ばねばならんのだぞ!


「兵藤選手! 観客からの声を受けてか、ついに剣を拾い上げ動き出した!」


 ──なにッ!!?

 なぜ動ける!? 貴様も限界のはず──そんなに動いては…………。


 兵藤は剣を拾い、ゆっくりと、しかし着実にバルザックに近づいていた。


 その表情はまるで仙人……。長い修行と苦難の人生の中で"悟り"を開き、解脱に至った釈迦しゃかのような、何一つとして迷いのない顔だった。


「き、貴様……ッ、まさか!?」

「聞くなバルザック……後生ごしょうだ」


 私はこの男を誤解していた。卑怯な手を使い、人を陥れ、悪意に満ちた邪悪だと。しかし違った、この男こそまさに騎士道の極致。


常に勝ちにこだわり、あらゆる準備と手段を尽くす、たとえ自身が脱糞しようとも……。この者こそが男の中の男、真の戦士!!


「ふっ、負けたよ。やるがいい」

「いいのか?」

「ああ、姫を頼んだ……」


 ああ、姫様。私は汚い男です。このクソを漏らした素晴らしい男と違い、口では偉そうなことを言いつつ、忠義よりも自分の保身を優先していたのです。


 詫びとしてこの命──今ここで捧げます……。

 

「嫌だね」

 ──は?

「お前だけがクソを漏らせ!」


「なにを?──ぐぁッ!!!」

 ギュルるるるるるるるるるるるるるる。

 バルザックの腹には、兵藤の剣ではなく──。


 前蹴りが直撃した。


「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」   

 ブリブリブリブリュリュリュリュリュリ

 ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥ



「「「……………………」」」



 その日、歴史上で類を見ないほどの静寂せいじゃくが……、闘技場を包み込んだ。 



「「「……………………」」」



「け……決着ぅうううううううううううッ!! 勝者! 兵藤選手! 今大会優勝者は、兵藤選手ですッ!!!」

 

「「「う……」」」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 そして空気を読んだ実況者の合図と共に、空気を読んだ観客達は必死の雄叫びをあげた! 


まるで先ほどまで白熱した試合が行われ、最高の決着に終わったかのように勢いまかせに叫んだ。


 そして試合後、バルザックについて触れる者は、誰一人としていなかった。



「んえー、コレだよ」


 兵藤は試合後、奥歯の裏にあるガム? のような物を見せ、毒を誰かに盛るときは必ず解毒薬を一緒に作ってから使用するもんだと語る。


 その解毒薬は永岡と山田が神殿に行く段階で出来あがり、自身の口内に仕込んでいたのを試合中盤まですっかり忘れていたそうだ。


 てかなんで解毒薬を俺に渡さねぇんだ……。



 ◇

 


 そんなこんなで日をまたいで俺たちは王座の間に来ていた。


「何はともあれ兵藤殿の優勝は間違いない。約束は約束、そうだなバルザック」


「……はい」

 バルザックは下にうつむいて返事をしている。


 表情は見えないが、気持は分るぞバルザック。

 頑張れバルザック。負けるなバルザック。


「それでは日取りはいつにしましょうか?」

 アリアは試合内容を本当に見ていたのか疑うほど、普通に結婚を進めようとしている。


 お前もセラルと一緒で盲目タイプの女か?


「おい、待て勝手に進めるな」

「そうですね、兵藤様のご意見を尊重しますわ」

「そうではない、そもそもオレは結婚なんぞせん」


「「「え?」」」

 王と姫・そして床を見ていたバカザックも驚いたような顔で兵藤を凝視した。


 俺たちはその事を知っていたので無反応だったが、セラルは威張るように腕を組み、兵藤の発言と共に感慨深かんがいぶかそうに首を縦に振っていた。


「あー、とりあえずバカ……バルザック、お前は準優勝の賞金を受け取ったよな?」

「あ、ああ」

「姫とその金を交換だ」


「待ちなさい。いくら優勝者でも、そのようなことはアリアの父として受け入れることは出来ない」


「何言ってんだクソジジイ、お前が娘を優勝賞品にしたんだろうが。それに、オレの所有物をどうしようが自由だ」


 言い方はともかく、言ってることは筋が通っている。王もバルザックも返す言葉はなかった。


 しかし、もう一人はそうではない。


「私は兵藤様と夫婦になりたいです。なんでか分かりませんが、初めて会った時に運命のようなものを感じたんです。まるで、過去にも出会っていたかのような…………」


 まあ、会ってますからね。その運命の人に爆殺されかけてますからね貴方あなた


「ダメだ、お前なんぞ興味ない」

「そうだそうだ、兵藤はお前に興味ない」 「…………」

 断固拒否する兵藤とそれに乗っかるセラル。

 山田と永岡はこの問答に巻き込まれたくなかったので、黙って存在感を消していた。


「はあ……めんどくせぇな」

 兵藤は頭をかきながら億劫そうにアリアに近づく、そしてふところから指輪を取り出した。


「こ、これは……ッ」

 そうか、指輪を見せればアリアの物を盗んだ奴として認識される。


自分の物を盗んだ相手と分かれば好意も消え、結婚の話も無くなると踏んだのか。


「そうですか……あなたは──」

「ああ、そうだ」


 アリアも気が付いたようだ。


その様子を見ていたバルザックや王も何やら納得したような顔をしている。まあ仕方ない、この場を収めるにはこれぐらいしかないしな。


「あなたも、王族だったのですね!!」


「「「「は?」」」」

 俺たち4人はアリアの発言に呆気に取られた。


 兵藤が驚いた顔を見せるのはこれが初めてかもしれない。


「道理で結婚を断るわけです」

「兵藤殿は私すら認識していないほど遠い親戚だったのか……」

「兵藤……、まさか貴様が王族だったとは……」


「あー、そうゆうことだ」


 そうか、やっぱりこいつらバカなんだ。この世界にはバカしかいないよ母さん。


 こうして、本気でめんどくさくなった兵藤の返答により、無事に賞金だけ受け取ることに成功した。




 その後、王様から勇者がダンジョンの伝説の祠に行き、元の世界に戻った伝承があることを教えてもらった。

 そのダンジョンは魔物が多くリポップされているため大変危険で、地下構造の階層のような作りになっている。


 祠は最下層にあり、階を進むごとに魔物の強さは上がっていき、最下層付近には古の魔王と並ぶほどの怪物がいるらしい。


 しかし他にあてのない俺たちは首都を後にし、ダンジョンに向うことにした。


 

 こうして準備を整え、首都の関所を通って出発した直後、後ろから聞き覚えのある可憐な声が聞こえてきた。


「姫様、見送りに来てくれたの?」


 山田がそう問いかける。息を切らしながら兵藤の顔をジッと見て不安そうな表情を浮かべるアリアは、見送りに来たわけではないと言う。


「お願いです、私も冒険に連れて行ってください!」

 

 俺と山田は必死に説得した。アリアは仮にも姫。


 国の宝が治せないケガでもしたら、責任は持てない。場合によっては命を落としたり、死ぬよりも辛い思いをするかもしれない……主に兵藤のせいで。


 いや、アリアの場合は今にも襲い掛かっていきそうなうめき声を出しているセラルの方が問題かも。


「覚悟の上です。既にお父様にもそのむねを伝え、許しを得てます」


「それでもダメ、あなたはそもそも戦闘の役に立たない。足を引っ張られて私達が全滅するのが目に見えてる」


 さっきまで獣のような声を出し、睨みつけていたセラルがまともな事を言い出した。


「たしかに私は強くありません。でも私も皆様のように冒険をしたいのです。広い世界を旅し、色々なものをこの目でみたいのです。そのためなら荷物持ちでも何でもします!!」


 アリアは本気だった。その固い意志を前にして、セラルもそれ以上何も言わなかった。


「兵藤様、私を冒険に連れてってくれますか?」

「ここまで言うんだ……いいだろ? 兵藤」


 この先の冒険も大変かもしれないが、互いにフォローしていけばきっと大丈夫だ。


 これからはアリアも入れて5人旅……悪くない。


「いやいらん」


「「「「え?」」」」


「普通にいらん」

「いやいやいや! 今仲間になる流れだったじゃん!」

「流れとか知らん」


 セラルは後ろを向いて笑いをこらえ──というか嬉しそうな顔がチラッと見えた。


 俺と山田は口をポカーンと開けて、またいつもの流れか……と諦めていた。


「なら、無理やりにでもついていきます。私はあなたのパーティーではないですが、たまたま後ろを歩いていても問題ないですよね?」


「いや、鬱陶うっとおしいからダメだ」

 とその瞬間、ブンッと何かがくうを切る音がした。


 そしてゴボリンの棍棒こんぼうが姫様の右頬をとらえ、


気がつくと姫は空中を飛行していた。


 関所の外にいた姫様は、とてつもない勢いで後方にぶっ飛ばされ、門をくぐって地面にそのまま激突。


 その様子を見ていた関所の門番や首都警備隊は、白昼夢はくちゅうむでも見ているのか?と唖然あぜんとし、時間を止める。


 そこから数刻が経ち姫様がピクピクしだしてからようやく、みんなが状況を把握しだした。


「なにやってんのお前ッッ!!!??」


 永岡に胸ぐらを捕まれブンブン揺らされても兵藤は特にたじろぐこともなく「言っても分からなそうだったし……」と悪びれない。


「姫様……回復を……」

 おずおずと山田は姫に近寄ろうとする。が……。

 

「貴様近寄るな! これ以上姫に何をする気だ!!」

「違います! 姫の傷を……」

「やっ、奴らを捕まえろッ!! いや、殺せッ!!!」


「ヤバそうだね……、みんな逃げよッ!!」


 十数人はいる門番と警備兵が殺気立ってせまってくる中、セラルは少し楽しそうに兵藤と猛ダッシュで逃げる。


 その事に気がづいた俺たちも後を追うように全力で走りだす。


 そして走り出すさなか、山田はふと気がついた。


 アリアの薬指に使の指輪がはめられていることに………。

 

「結局こうなんのかよおおおおおおおお!!!」

 

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