第14話 幸運に後ろ髪はない。

 あれから二人はプレイルームから離れた景品展示場に来ていた。


 そこにはボーッと交換品の一覧を見ている兵藤。とその横でゴマをすりながら中腰姿勢で媚びている永岡の姿があった。


「あのー兵藤様? ワタクシ、兵藤様の賭ける

お姿に感動いたしました」

「へー」

「それで、ちょっとしたお願いがございまして」

「なに?」


「プラチナメダル1000枚以上獲得された兵藤様にあちらの景品を貰っていただきたいんです。たったの300枚!」 

「一度使えば頭もスーッとすっきり! 継続していけば、生きながらにして天国に(内臓が)行けちゃう代物です!!」



(俺は諦めない、自力が無理ならこの悪魔を騙してでも吸う! 絶対に負けられない戦いがココにある。俺はこの世界でニコチンを摂取する! 異世界でも肺を真っ黒黒にしてみせる!!)


「どうでしょうか? ここの景品はどれも良いものです。何を選んでも損はしない……それならば、特に素晴らしい商品ものを選ぶべきだとワタクシは思うのです!」


「たしかにお前の言うとうりだ。一番良い物を

選ぶ方がいいに決まっている」

「!!、それでは兵藤様……ッ!」


 こうして店の外に出た兵藤の手には、プラチナメダル1000枚で手に入る『無限の魔法袋』が握られていた。


 そして一気に稼ぎすぎた兵藤と一緒に、俺まで運営スタッフに目をつけられ出禁となってしまった。


「おかしいだろ……」


 さよなら、全てのニコチンゲリオン……。



 ~数日後~


「なんだよクソ悪魔、なんか用かよ」


「ひどい言い草だな、まあいいやホイ」


「あぁ? なんだよ……」

 兵藤が何かを投げて来たので反射的にキャッチ

してしまった。


 !?、これはアイ〇ス!! いやアイケス!!


「お前、もしかして俺のためにまたカジノに行って……」

「いや、カジノには行ってない。出禁にされてるし」

 「は? じゃあコレはどうやって………」

 「カジノの金庫からパクってきた」


 それは嘘だ。あのカジノの金庫扉はもちろん、外壁や床に強力な防御結界が張っている。

 その上、カジノの大部分はこの世界でも最高の硬度を誇るアダマンタイトンが使われているため、物理的に破壊も不可能。


 あの難攻不落のカジノ金庫を侵入するなんてどう考えても無理だ。


「たしかに普通の方法では無理だ。でもこれを使えば……」


「……ルーレットの玉?」 


「あ、すまん塗装をはがしてなかった、よっ……」

 と言いながらベリベリっと剥がして現れたのは。


「ビー玉!! 山田に貰ってたやつか!」

 兵藤が見せてきたのは山田から貰ったクソみたいなビー玉だった。


 話を聞くにこうだ。この都市は港が近くにあるため地盤が緩い。だから地面が整地されていない場所から掘り進めればモグラのようにカジノの床下までは移動できる。


 そして床を破壊侵入し、アイケスを手に入れた。


「でも床はどう破壊したんだ? アダマンタイトンで出来ているんだぞ」


「だからビー玉を使うんだよ」

「は?」


「この魔道具は────」

「!!、そして持ち主の望んだ方向に1センチ瞬間移動する」


 床下まで侵入した兵藤は1センチずつ床にビー玉をめり込ませるように瞬間移動させ、少しずつアダマンタイトンを削って金庫への侵入を成功させた。


「そうか、そんな使い方が…………」


 むしろ床下までの地面を掘り進めるのに時間を必要とし、数日もかかってしまったと額の汗を拭くジェスチャーをする兵藤。正直その労力を別の所に使ってほしい。


 しかし山田が言っていたように、本当にすごい魔道具なのかもしれん…………。


「ん? てか待てよ、さっきビー玉が白く塗られてルーレットのボールみたいになってたよな」


「おっ、やっと気づいたか。そうだ、お察しのとおりカジノでディーラーが使ってたボールは、オレがすり替えたこのビー玉だ」


 兵藤はわざと永岡と逆の色を選び、永岡が当たったら偽装したビー玉を隣のポケットに瞬間移動させハズれさせていた。


 確実に入っていた赤3のポケットから黒24に変わっていたのも、そのため。


「やっぱり見間違いじゃなかったんだ。このクソ野郎さえいなければ俺は…………」


「ところで君は僕のことをクソ野郎だとか言っていたが、盗んだタバコは返さなくてもいいのかな?」

「…………」


「ん?」


「タバコに罪はねえ、アイケスは俺のもんだ」


 そして永岡は気づかなかった。最後の賭けに選んだ「0」はルーレットの構造上、ビー玉の力ではイカサマが出来ないことに。



 ◇



「ふぅ~……おまたせ」

「大丈夫? 最近よくお腹下すね」


 俺は今、山田と一緒に神殿まで来ている。


 理由は魔法の強化をしてもらうためだ。この世界では一定以上の魔物を狩り、目に見えない経験値が貯まると魔法使いは神殿に行き、魔法の強化をしてもらうらしい。


 強化回数が増えるごとに必要な経験値量も増えるが、俺たちはまだ1回目のため十分すぎるほど経験値がたまっている。


「こんにちは、入信ですか? 洗礼ですか?」 


 神殿に入ると非常に美しいシスターが出迎えてくれた。


 修道服にウィンプルと呼ばれる頭巾のような物を身に着けており、露出度は低いがそれでも分かるボディラインに俺は固唾かたずを吞んだ。


「あの、魔法の強化ができるって聞いて」

「魔法の強化ですね、少々お待ち下さい」

「はい、お願いします」


「どうしたの永岡? さっきからずっと黙って」

「シ………ッ」

「シ?」

「シスターの服装ッ、とてもイイ!」


「永岡、そういうとこだよ」


 最近、山田に喫煙やギャンブルで怒られっぱなしだ。気を付けよう、まあ辞めはしないんですけど。


「はじめまして、この神殿の司祭モウコンダと申します」

 しばらく待っていると、巨大なアフロが特徴的な5~60代ぐらいの荘厳そうごんな衣服を纏った男が奥から出てきた。


 先ほどのシスターが呼んでくれたのだろう。

 そのシスターは司祭の後ろに控えており、立ち姿も美しい。


「お二人は魔法強化をお望みとのことですが」

「「はい」」


「分かりました、ではお布施ふせをお願いします」

「「え、お布施?」」

「はい、お布施を」


「「…………」」


「……まあ、いいでしょう。その代わり今度の礼拝ミサにでも参加してください」

「ありがとうございます! 助かった……」


 なんて話の分かるジジイだ、さすが主に使えているだけはある。


「私の前で膝をついて、頭をコチラに」 


 司祭は両腕を突き出し手の平を下に向けた。

 手の下に頭を持ってこいということだろう


 「はぁあッ!」と司祭叫ぶと、手が白と黄色が折り混ざった光を放たれる。とても暖かい。山田の使う治癒の力にとても似ている。


「ふむ……」

 ……? 終わったのかな。


 儀式のようなものが止まったため、司祭の顔を覗き込んでみると、不可解な顔をしていた。


「申し訳ない」


「何かあったんですか?」

「どうやら、あなた達の魔法は強化出来ないようだ」

「えっ、どうして? 魔物は結構倒してますよ」


 通常であれば魔物を2匹程度倒せば、一回目は強化可能とされている。俺たちはその倍以上をこれまで倒しているため、経験値が足りないということはない。


「経験値うんぬんというより、手応えがまったくない。元から強化出来ないか、特別な魔法を仕様されているのではないかと……」


 たしかに異世界に来るキャラクターは特別なスキルや魔法を使うことが多い。もしかしたら通常の方法では強化不能なものや、強い封印のようなロックがかかっているのかも……。


「力不足で申し訳ない、こんなことは初めてでして」

「いえ、司祭様は悪くありませんよ。ねっ永岡」

「そうですよ、また別の方法でも探してみます」


「本当に申し訳ない」

司祭は謝罪し、深々と大きく頭を下げた。


 そしてその直後────パサッ


「「ーーーーーーーーーッ!!」」


 床にアフロが落ちた。


 目の前に燦然さんぜんと輝く肌色の水晶、床に出現した黒い塊。それを俺たちは見てしまった。


 メデューサに魅入られた冒険者のように、蛇に睨まれたカエルのように、俺たちの時間は止まり、腹から湧き出る衝動を抑えるため、唇をかみしめて必死に耐えた。

 


「「「…………………………」」」

 


 いやいやいや、なんで司祭も頭を下げたまま動かねぇんだよ。お前の髪だろうが、お前がどうにかしろよ。てか誰でもいいからどうにかしてよ!


 永遠にも思える時間の中、司祭の後ろで控えていた先程のシスターが床のダークマターを拾った。

 そして頭のてっぺんをコチラに向け、動かなくなってしまった司祭に再度装備させる。


 そこからシスターは何事もなかったかのように、司祭の後ろに下がった。


 ────スッ


 そして司祭も何事もなかったかのように頭を上げ、まっすぐな目をコチラに向けた。 


「「「…………………………………」」」


 (何もなかったって事にする感じ?)


(うん、何も見なかったことにして)


「「「…………………………………」」」


(分かりました。今回だけっすよ? ほーんと、しょうがない司祭様だ)


「「「…………………………………」」」 


(うぅ……ありがとうぅ、皆ぁ……ありがとう) 


 俺たちは言葉を交わさずして、お互いの意思をみ取った。人は人を思いやる気持ちが大事だ。異世界でもそれは同じ。



「それじゃ、俺たちは帰ります。ありがとうございました」

 結局収穫はなかったが、司祭を傷つけずに済んだのでそれで良しとしよう。


「お気をつけて、是非またいらしてくださいね」

 ニコッと笑うシスター。その満面の笑みと慈悲に溢れた胸……やっぱりイイっ!!


「お二人ともこれを……」

「ん? なんすかコレ?」


「聖水です」


「聖水?」

 司祭は帰り際に紫色の液体が入った小さなガラス瓶を渡してきた。


「そうです。魔法の強化は出来ませんでしたが、こちらを使えば────」


「魔力が増える?」

「いいえ」


「………?」


「毛量が増えます」


 気がつくと俺の手は司祭に向けられ、何故か司祭の頭の上は燃えていた。でもきっと、俺の魔法とは一切関係のないことだろう。


 全てのハゲに幸あらんことを──アーメン。

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