第7話 初めては誰でも緊張する。

 露天風呂に浸かっている山田は、顎下まで湯船に浸かり、ぼーっとしていた。


 ふぅ、この世界の温泉に入っても温かくないし、そんなに体も汚てないから今入る必要もない。


でもこうやって浸かってるだけでも落ち着くっていうのは、やっぱり日本人の心にお風呂文化が深く根付いてるってことだよねー。



 クエストを完了した私たちは温泉に入ってから宿に戻ることにした。


 何故か永岡だけは用事があると言って先に帰っちゃったけど、なんの用だろ?


 さっきまで一緒にいたセラルは湯船に浮いていた私の胸を見て、虚ろな目をして出ていってしまった。……なんで?


「隣、いいかしら?」


「あ、どぞー」

 とても綺麗なお姉さんが私の隣に座ってきた。


「ふー、いい湯ね。ここから見える街全体の景色も最高だわ」


「たしかにー」

 街の近くに位置するこの山には湧き出る源泉があり、ココはそれを利用した旅館。宿泊しなくとも温泉の利用が出来るようになっている。


「…………」

「…………」

「…………」


 き、気まず……っ! え、なに? 結構広いのになんで私の隣に座った? お客さんがいないから、今日は貸し切りだーッて思った矢先がこれだよ。


「お、お姉さんはどこから来たんですかー?」


「……? フッ、そういうことね?」

「えっ?」

 なに? どういうこと?

 

「私は『深淵ボイド』を崇拝し、死霊を見通し支配する『邪眼』を持つ者……」

「輪廻の果てに不死タナトスを求めし混沌こんとん……」


「…………」

 あー、あれか、この人はあれか、美人だけど兵藤とは違った意味で残念なタイプだ……。


 こんな世界でも中二病をまさか見ることになるとは……いや、この世界では普通なのかな? 


 中学の頃、夏の暑さが猛威を振るっているのに包帯をぐるぐる巻きにして、眼帯とカラコンをつけて登校していた斎藤くんは今も元気かな? 


 柔道部の影山くんに喧嘩を売って、宙に舞っていた時は見てる私もヒヤヒヤしたもんだ。


「どうしたの? 貴方も『深淵ボイド』に呼ばれし者……いや逆ね。『邪神』を肯定し、我々『アンダー』を導く『漆黒の使いメッセンジャー』なのでしょう?」


 あー、頭痛が痛い。何を言ってるのか分からない。聞いてるコッチが湯冷めしてしまいそうなほどに頭痛が痛い。


「違います」

「そう……今はそういうことにしといてあげる」


「いや、本当に違います」

「え? ……本当に違うの?」


 この人は私を同類の人種だと勘違いしたようだ。チェーン巻いて千切れた黒いフード被り、ノートに綴った呪文を唱えてそうに見えますか? 


 そんなことよりも流行りのコスメとか、カフェの新商品とかの方が興味のある女なんです。


「…………」

 誤解していたことに気がついたお姉さん。顔を赤らめてモジモジしている──どうしようカワイイ。


「いや、分かってたよ? ちょーっとからかっただけ。全然知ってたしー、冗談だしー」

「もしかして本気にしちゃった? ごめんね?」


「ふぅ、なんだが熱いわね。湯疲れしたかも」

 この人、湯に浸かってから暖まる早さがカップラーメンより早いな。


「じゃあ私は先に上がるわね、少し変わったヒューマのお嬢さん」



 いや、変わってるのはアンタだろ。




 永岡はある店の前に立っていた。


 その店は宿屋を出て、大通りを少し進んだ狭い裏路地に入った所に存在する。


 男達の楽園──そう、お風呂屋さんだ。


 この店では個室にある浴槽に入ることはもちろん。入浴前に女の子を指名して体を洗ってもらうことが出来るという素晴らしいサービスをしている。 


 決してイヤらしい目的ではなく、あくまで心と体を癒やすための場所であり、公的良俗こうじょりょうぞくに反していない。


 指名した女の子と利用する客が偶然仲良くなって、勢い余って自由恋愛をしてしまうなんてことはもちろん、店も想定して運営していない。


 もちろん俺も、微塵たりとも、考えていない。

 いやマジデマジデ。


「いらっしゃいませ」


 とても感じのいい店員さんだ。清々しい笑顔で出迎えてくれたボーイ……いや店員さんに好感をいだきながら受付を行う。


「指名される女の子はお決まりでしょうか?」


「いえ、初めて来たので教えてもらえたら助かります」

「失礼いたしました。現在対応できる女の子たちは……」


 店員さんは6〜7枚の写真を並べ見せてくれた。

「おおぉ……すごい」


「どの子もお客様を満足させてくれるサービスが出来ると思いますよ」


 さすが異世界だけあってレベルが高い、どれもチートレベルの美人ばかりだ。


サキュバスのような女の子、獣のような耳や尻尾を持つ女の子、この子はダークエルフ?……いやダークエリフか?


「いっ、……一番大きい子はどの子です?」


「大きい? あぁ、お客様はそういう……」


「いやいや違うんすよ? 別にそうじゃなくて、いやまあ、そうなんですけどぉ」

 店員さんの言葉を遮ってなぜか言い訳をする俺。


「いえいえ、好みはそれぞれです」

「えへへ……すいやせん」


「そうですね、そういうことでしたら……」

「お客様は新規の方でしたのでご案内いたしませんでしたが、新人の子ですごく大きい子がいますよ」


「すごく大きい……」

「はい、すんごい大きいです」


「そっ! その子でお願いしますッ!!」


 その後、俺は準備のために待合室のソファに座って、お風呂に入るシミュレーションを繰り返し行っていた。


 え? お風呂に入るのにそんなに気合いをいれる必要はないって? 馬鹿だなぁ、風呂ってのは命の洗濯……いや命のいとなみなのだっ!!


「お客様、ご準備が出来ましたのでコチラに」

「ひゃっ、ひゃいっ!!」


 促されるまま、俺は階段の前に立っていた。

「こちらの階段を登って、すぐ右のお部屋で待機しています」

「私はこれで……存分にお楽しみください」


「ひゃいっ!!」


 階段を一歩一歩進む俺、どうしちまったんだ俺。興奮を抑えようと努力しても、心臓は収縮を早めてバクバクだ。


 そして最後の段差を越え、俺は前かがみになっていた……いや違うからね? これは腰が少し痛かっただけだから、死んだお爺ちゃんの物真似をしてるだけだから。


「すぅ~……、はぁ~……」


 爺ちゃんの真似をしていた永岡は指定された部屋の前まで着き、少し開いた扉に手をかけて深呼吸をしていた。

 そして永岡の[ナガオカ]はズボンにテントを設営し、限界ギリギリ。この先にある……俺の明るい未来──黄金オウゴンが!!


「よしっ!入るぞ!!」

 バンッ!!


 俺の視界は扉を開け、をすぐに捉えた。


「はじめまして、永岡様のお世話をさせていただきます……」


 三つ指ついて座って挨拶をする女の子。

 それは、とてもとても大きな───


「ホルステインのキアニーナと……申します」


 だった。

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