第6話 そこに山があったから。
しばらくして夕日が落ちかけた頃、4人は宿に戻っていた。
ロビーには机を挟んでソファが2つ置いてあり、自由に利用できるため使わせてもらっている。
「ん? なんだその袋」
街を歩き回って疲れたな、と永岡は座って落ち着いているとふと気がつく。兵藤が何か包んだ袋を持っていることに。
「道具屋で安売りしてた壺があってな、ついつい買ったんだ」
袋から出てきたのは、ものすごくダサい壺。
ピカソの作品が素人には落書きに見えるように、実は名品なのかもしれないが普通にダサい。
「お前、前の世界で誰かに騙されてそうだな」
「あっ、私も道具屋で掘り出し物を見つけたよ!」
そう言った山田は2センチ前後の透明な玉を机の上に置いた。
「なんだこれ?ビー玉?」
「ぶっぶー、ビー玉じゃなくて魔道具だよ」
「魔道具ぅ? こんな小さな球が?」
「驚くなかれ、このビー玉の力を!」
自分でビー玉って言ってるがな。
???、なにも起きないな。
「よく見てッ!」
球は光るでもなく、何か生き物を召喚するでもなく、ただポツンと机に置かれている。
「位置! 少し移動しているでしょ!!」
山田が言うにはこの玉は、持ち主が望んだ方向に元の位置から1センチほど瞬間移動するらしい。
いや、分かるわけねぇ。
「ね? すごいでしょ? しかもこのビー玉はこの世のどんな物より硬くて丈夫!」
「「す、すごい……」」
なにやら驚愕している連中がいる気がしたが幻聴だろう。カモにされているかもしれない山田。
「値段はいくらで買ったんだ?」
「金貨10枚だよ」
「き、き、、金貨10枚ィ!?」
金貨1枚は日本での1万円です。
「うん、金貨30枚の所を安くしてもらえたんだ」
「そんなすごい魔道具なら、作ったのはドワーホかな?」
「いいなー……」
兵藤が物欲しそうに見つめて呟く。
え? もしかして詐欺と思ってるの俺だけ?
まったく欲しくない俺の方がおかしい?
「ダメでーす、このビー玉は私の宝物だもん」
そんな山田に対して、兵藤は何も言わずに土下座の姿勢をとりだしていた。
「ちょ、ちょっと! 他のお客さん見てるよ!?」
しかしそれでも
どうやらコイツにはプライドというものが記憶と共に無くなっているらしい。
「んー、さすがにそこまで頼まれたらなぁ……」
「……………」
「うん、いいよあげる」
「ッ!、いいのか!?」
兵藤は顔を上げ、本当にいいのか問いかける。すると山田は目の端を指でスッと
「うん。その熱意……感動したよ」
「うっ……うぅ……」
「兵藤、良かったね……良かったね……」
いい年した3人がビー玉で感極まり、ガン泣きし始めてしまった。そして感動の中、3人はより強く絆を深めていったとさ。
「アホくさ」
そんな茶番をしばらく続け、外は気がつけば真っ黒に。本格的な活動は明日に控え、俺達はそのまま宿に泊まることにした。
山田とセラル・俺と兵藤が同部屋。セラルは変えろとゴネていた。そして俺も床に寝そべって女の子と一緒がいいと暴れた。けどダメだった。
部屋はそんなに広くない、けどまあ泊まるだけなら問題ない。そして先ほどのダサい壺が、既に兵藤の枕元に置いてある。
(……寝る前に外の空気でも吸うか)
「「あっ」」
どうやら山田も同じ考えだったようだ。
廊下でばったり会うなんて──やっぱり運命?
「よう、山田。そっちはどう?」
「どの部屋も変わらないよ。セラルが先に寝ちゃって暇になってさ」
「兵藤は部屋?」
「夜の街をぶらぶらしてくるって出て行ったよ」
「大丈夫なの? 放置して」
「まあ今日は関所で散々したんだ。さすがにアイツも問題は起こさないだろ」
「そうじゃなくて、こんな場所に来て記憶も失ってるみたいだし……」
たしかにな。俺たちと違って知ってる奴がいないってのは心細いかもしれない。
「まあ、しばらく様子を見ようぜ」
そしてあくる日の朝、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。なんとこの場所では冒険者登録をして、ギルドカードを手に入れることが出来る。
ギルドカードは身分証の代わりに関所を通ることができ、ギルドではクエストなどの仕事の受注や冒険者同士の情報交換などもできる。
だから俺たちはギルド登録とカード発行のためにきたんだ。──というのは建前。
こういった場所で力を測ると隠された能力が判明し、とんでもない数値を出した主人公が冒険者家業のゴロツキに「なにもんだ……あいつ……」と言われる。それこそが真の狙い。
そう、ココから始まるんだ。俺TUEEEが!
「はい、冒険者登録完了いたしました。こちらがギルドカードです」
「え? それだけ?」
「何がでしょう?」
名前を記入し、魔法道具で照合したギルドカード。ステータスを図るわけでもなく、冒険者加入のテストがあるわけでもなく、ただ偽造防止の魔法を使って登録されただけだった。
そして特に有益な情報も得られず、俺たちは適当なクエストを受注してギルドの建物から出た。
「ところでよセラル」
「なんでお前は冒険者ギルドに入ってないんだ?」
「私は旅自体が目的で一人で行動していたから、ギルドに入る必要がなかったの。街にもあんまり寄らなかったしね」
「つまりボッチか……」
「『ボッチ』の意味は分からないけど、なんかバカにされてる気がする」
「……ごめん」
朝食を済ました俺たちは、受注したクエストに行くことにした。
そのクエストは街の近くにある大きな山……その中腹に咲いている[マンドラゴラン]を採取する。というものだ。
マンドラゴランはあらやる病気を癒やす万能薬の素材として重宝されている。
山の中でも比較的安全な場所にあり、数もかなり多く咲いているはずのマンドラゴランが何故乱獲されていないかというと、この植物の特性がめんどうなのだ。
実はマンドラゴランは大根に似た”魔物”で、地中に埋まっている状態から引っこ抜くと、自身の全魔力を使い《呪いの叫び》を放つ。
その叫びを聞いた者は理性を失い狂ってしまう。時間経過で勝手に治るものだが、殺し合いを始める者・山から下りて犯罪に手を染める者もいる。
つまり、手に入れるにはかなりのリスクがある。
だから誰もやりたがらないのだ。
そして現在、俺たちは自傷や殺し合いを避けるために武器を外し、耳栓をつけてマンドラゴランの群生地に来た。
耳栓で完全に防げるわけではないが、もしも理性を保った者がいれば他の奴を止められる。
「さて……やるか……」
俺はみんなに目配せし合図を送る。抜くぞ……。
「よいしょっッと!」
「ぎ…………」
「ギぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」
抜かれると同時に叫びだすマンドラゴラン。
その叫びは山全体に響き渡り、耳栓を貫通して鼓膜に炸裂する。脳に直接声を当てられていると錯覚してしまうほどの奇声だった。
「うッ……がッ……こrは──やば──ッ」
グルグルと目が回る。キーッという耳鳴りと共に何か気持ちが良くなってくる。あーッ悪くないかも……そうだ舌を噛んだらもっと気持ちが良くなるかも……。
──そんなことを考えているとオレの股間に強烈な痛みが走る。
「痛っ─てええええええええええ!」
「おッ、元に戻ったか。残念」
俺の股間に強烈な蹴りを入れた兵藤。
「ぐおッ、玉が……腹にッ……上にッ……」
「良かった永岡! 戻ったんだね!」
「戻ったけど痛そう……」
山田が喜び、セラルが心配している。
俺は俺で玉が心配。
そして即座に俺の玉は山田の治癒の光に包まれ、
元の守備位置に戻った。
「ふぅ、ありがとう。助かった」
「礼には及ばない、オレがやりたくてやったことだ」
てめーには言ってねえよ。
どうやら兵藤はマンドラゴランの叫びが効かなかったらしい。なるほど、コイツは元からおかしいからか。
そして山田も大丈夫だった。きっと神様が助けてくれたんだな、良かった良かった。
「セラルは大丈夫か? コイツに酷いことされなかったか?」
「私は普通に起こされたよ」
セラルは体を優しく揺すられ、声をかけられて起きたという。
「おーい、兵藤くん?」
「なんだ?」
「なんでセラルは優しく起こされて、俺は金的なんだよ?」
「バカなことを聞く奴だ。答えは一つ」
「そこに玉があったからだ」
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