煙突の先に

 煙突掃除をしている際に奇妙なものに出会した話。

 私が勤める会社が管理する施設に、冬期間は薪ストーブで暖を取るところがある。

 1シーズンをその薪ストーブだけでやり過ごすのだから相当量の薪を燃やすことになり、当然、煙突内には煤が溜まるため、年に一回の清掃が必要となる。

 その施設に常駐してくれている女性社員の人が言うには、去年の冬は煙突の排気が良くなかったのか、施設内に煙の匂いが充満することが何度かあったので、いつもより念入りに清掃をしてほしい、とのことだった。

 私は煙突掃除はその年が初めてだったため、何度もその施設の煙突掃除に当たっているIさんと一緒に清掃することになった。

 その施設は平屋建てで、煙突は薪ストーブから真っ直ぐ上に向かって伸び屋外に突き抜けており、煙突の終端に雨などが入らないように屋根が付いているというものだった。

 とてもシンプルな構造であることに加え、煙突の内径も20㎝はあろうかという大型のものであったため、煤が付いた程度で排気が悪くなるとは思えず、もしかすると野鳥が煙突に巣を作ろうとでもして、その残骸が途中に引っ掛かっているのではないかと思った。

 煙突の下端を薪ストーブから外し、薪ストーブをずらしてから煙突の内部を見上げた。

 普通、煙突の終端には屋根が付いているだけであるため、自然光によってその屋根の部分だけが明るく見えるはずなのだが、その時は煙突の下端にぐるりと付いた煤の塊しか見えず、上の方は真っ暗であった。

 私はそれを見てやはり、と思った。

 少しの隙間からの明かりも漏れてこないあたり、相当詰まっているぞ、と思いながら今度はスマホのライトで煙突の中を照らしながら覗いてみた。

 相変わらず煙突の下端から上にかけて煤で真っ黒になっているため、スマホのライトではしっかりと照らせているのか分からなくなる程だった。

 そうしているとIさんが懐中電灯を持ってきてくれた。

 スマホのライトよりも明るさが強く、これなら煙突の終端まで照らせると思い、早速煙突の中を覗き込んでみた。

 すると、煙突の終端にそれはいた。

 てっきり、野鳥の巣の残骸か、大きめのごみでも詰まっているのかと思っていたが、予想とは全く違うものだった。

 始めにそれをみた時に思ったのは、能面。

 ただ、能面のようなうっすらと笑みを浮かべたものではなく、全くの無表情であった。

 そして、なにより能面であれば、目の部分の穴から外の明かりが差し込むはずであるが、それが見えなかった。

 つまり、能面のような顔の何かがこの施設の屋根に登って煙突を覗き込んでいる、そんなことを想像した。

 煙突の終端は覗き込めるほどの隙間があっただろうか、そもそも外から見た時に煙突を覗き込むような人影はなかった、では能面だけが煙突の上に置かれているのだろうか。

 そんなことを瞬時に思った。

 私が煙突の中を覗き込んだまま固まっていると、Iさんが何かあったか?と聞いてきたが、こういった類の話が嫌いなIさんを怖がらせないよう、かなり煤が溜まってますね、などと適当なことを言って清掃の準備に取り掛かった。

 この施設の煙突掃除はいつも下からブラシを入れて突き上げるようにしているとのことで、そうすると最終的にはあの能面を突くことになると思うとなんだか良い気はしなかったため、ブラシでの清掃はIさんに任せることにした。

 1m程ブラシを入れては次の柄を継ぎ足していき、それを何度か行うと、ごん、と音を立ててブラシが止まった。

 私は屋根から能面が転がり落ちてくることを期待していたが、窓から見える景色に能面が映ることはなかった。

 私はその時点であの能面はもしかするとこの世のものではないかもしれないと思いだしていた。

 煙突からブラシを引き抜いてから再度、中を覗き込んでみると、しっかり煙突の終端とその屋根が外の明かりに照らされて見えているのが確認できた。

 煙突の内側に付いている煤はブラシを入れる際に殆どが取れて下に落ちてくるのだが、ブラシが煙突の終端に当たった時と、ブラシを引き抜いた時は特に煤や真っ黒になった何かの塊がばさばさと音を立てて落ちてきたため、やはり煙突の終端が詰まっていたのだろうと思った。

 煙突の中はいくら懐中電灯で照らしたとしても煤だらけで真っ黒なため、私は能面に見えた何かもきっと見間違いだろうと無理矢理納得することにした。

 一応、煙突掃除が終わった後に施設の周りを見て回ったが能面や能面と見間違えそうなものなどは落ちていなかった。

 また、煙突の終端を外から眺めてみてもそのようなものは引っ掛かってはいないし、なにより、やはり人が覗き込めるような構造にはなっていないのは明らかだった。

 その施設は特に曰くがついているわけでもないし、何かが出るといった噂話もない。

 ましてや、施設内で誰かが亡くなったなどという話もない。

 もし私があの時にみたものが本当に煤やごみではなく顔だったのなら、今でもあの能面のような顔は私が煙突の様子を見ていないのを良いことに上から覗き込んでいるのだろうか。

 そして、一番気になることは、煙突の排気が悪かったのがあの能面のような顔のせいだったのだとしたら、わざわざ煙に燻されるようなことをして何がしたかったのだろうか、ということだ。

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不気味アンプリファイア 水谷威矢 @iwontwater3251

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