正夢
多分、小学一年生くらいの時の話。
今でも内容を覚えているほど、はっきりとした夢を見た。
所謂明晰夢というやつだろうか。
夢の内容は、クリスマスの朝、私の家の玄関に飾ってある高さ3㎝ほどの小さなマグカップの持ち手が微妙に傾いて付いているのに気がつき、一緒に見ていた4つ上の従兄弟が「これ、俺も夢で見た」と言うだけのものだった。
翌朝、まだ夢の内容を覚えていて、玄関のマグカップを見てみると、確かに持ち手は少し傾いて付いているようだった。
夢の内容が現実になる正夢や、デジャヴュと言われるものは大体、今までの経験や見たもの、記憶などが前提にあり、ただそれを思い出せないでいるだけだと思っている。
この日も、実はマグカップの持ち手が曲がっているのは予め知っていたが、ただそれを忘れていて、たまたま夢の中でそれが思い出されただけなのだと今になって思う。
ただ、不思議なのは従兄弟の反応だった。
夢で見たものと全く同じで、マグカップをしげしげと見つめた後に「これ、俺も夢で見た」と言うのだ。
私も驚いて同じ夢を見たことを従兄弟に話した。
2人で未来予知をしたなどと興奮していたと思う。
従兄弟の話によれば、玄関で私がマグカップをぼうっと見つめていて、気になった従兄弟はそのマグカップを一緒になって見つめていた。
特徴のあるマグカップではないし、特に中に面白いものが入っているわけではない。
ただ何となくじっと見つめているとマグカップの持ち手が傾いて付いているのに気がついた。
その途端になんだか以前にその光景を見たような気がしてきて、「これ、俺も夢で見た」と口を突いて出たのだという。
従兄弟の夢に関して言えば、実際は何かを予知したわけではなく、ただ夢と現実でマグカップの持ち手が傾いて付いていたのを確認しただけに過ぎず、それこそ元々知っていたのを忘れていて、夢で見て思い出しただけと言ってしまえばそれだけの話だった。
ただ、私は従兄弟が言うセリフまでを夢の中で聞いており、これは忘れようもない未来で起きることであったため、説明がつかない。
もちろん、後になって夢の内容を自分で塗り替えて覚えているだとか、20年以上も前の話で記憶違いをしているなどと言われてしまえば否定のしようがないが、少なくとも私だけは自分の記憶が確かだと思っている。
最近になって意外というか、少し気味の悪い後日談を聞くことになった。
実は従兄弟とマグカップの話をした日、従兄弟は階段から転げ落ちて頭を数針縫う怪我をした。
どういう理由で階段から落ちたのかはわからないが、大した高さからではなかったことが幸いして縫う怪我だけで済んだのだった。
クリスマスなのに可哀想に、なんて思っているうちに従兄弟は車に乗せられて病院に連れて行かれた。
この時、私は聞こえていなかったが、従兄弟は泣きながらしきりに「マグカップ…、マグカップ…」と呟いていたのだそう。
従兄弟はあの日、私に夢の話をしたが、全てではなかったのだそう。
マグカップの持ち手が傾いて付いているのをみて「これ、俺も夢で見た」と口にした途端、もくもくとマグカップから何かが出てきて、従兄弟の頭を何度も撫でたのだという。
従兄弟はその何かが何だったのか、どんな姿だったのかは全く分からないが、手だけがぬっと伸びてきて頭を撫でられたと話す。
そしてその何かは階段を登っていき、途中でぱっと消えてしまい、そのまま目が覚めたそうだだが、私の家に入るまでは忘れていたのだった。
ただ、私がマグカップを見つめているのを見てその何かを思い出したが、実際には現実でマグカップからその何かが出てくることはなかった。
従兄弟が見た夢は現実にはならなかったが、一方で頭を縫うほどの怪我をしたこともあり、ある意味、怪我の予兆のようなものは見たことになるのだろうか、と話をしていた。
もしあの日私が見ていた夢があそこで終わらなかったら、もう少しだけ続きを見ていたら、マグカップから出てきた何かを見ることになったのだろうか。
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