心霊現象

 後輩のH君の部屋は心霊現象が多発するらしく、一度見に来ませんかと言われて訪ねた時の話。

 H君はそのアパートに住んで3年ほど経つそうだが、住み始めてすぐに心霊現象が起きるようになったという。

 初めはラップ音がよく鳴り、次第にポルターガイストじみたことがよく起こるようになったそうだ。

 戸棚にしまった食器がかちかちと音を立てて移動したり、閉めたはずのトイレの扉が勝手に開いたりと酷いのだという。

 私がH君の家にいる間も、西側の部屋からぱちん、とか、ぱきっ、といった音がよく聞こえていたし、一度だけだが、数秒間、食器がかちかちと音を立てて動くのも見た。

 H君はそんな部屋に3年も住んでいるのでその程度は慣れたものだったらしいが、最近になって夜中に勝手にテレビが点くようになり、流石に怖くなり私に相談したということだった。

 私に相談されても何も解決しないのではないかとは話したのだが、誰かに一緒の経験をしてもらうことで、もしかすると怖くなくなるかもしれない、というよく分からない理屈で私は半ば無理やりH君の部屋に連れて来られたのだった。

 話だけを聞けば、H君の気味悪がる様子も相まって本当に心霊現象だと皆思ってしまうのだが、私は実際にH君の部屋を見て、この程度なら、と思ってしまった。

 H君の家に行ったのは季節の変わり目の時期で、朝夕の寒暖差がそれなりあった。

 木造住宅であれば温度変化や湿度の程度によって木材が収縮したり、元に戻ったりする時にばちん、と家鳴りがするものである。

 また、H君のアパートは線路の近くであったため、食器がかちゃかちゃと音を立てて動くのも鉄道による低周波が原因だろう。

 トイレの扉は受け側の金具(ストライクと呼ぶそう)に引っかかる出っ張り(ラッチと呼ぶそう)が引っかかっていないだけで、適当な性格のH君が扉が閉まり切ったと思っているだけだった。

 私はH君に家鳴りと低周波について簡単に説明した後、家鳴りは防ぎようがないが、低周波については食器を置く場所を変えれば解決すると伝えた。

 トイレの扉については、受け側の金具をドライバーで緩めた後、再度締め直すだけで簡単に解決した。

 ただ、H君は今は偶然、心霊現象が起きていないだけなのでは、なんてことを言い出したので、仕方なくテレビが勝手に点くという時間までは待ってみることにした。

 テレビが勝手に点くというのは、決まって深夜の2時ちょうどらしく、その話を聞いた時点で先に手の打ちようがあるとは思っていたが、どうにかするのを目の前で見せた方が不安なく過ごせる思い、二人でお酒を飲みながら時間を潰していた。

 気がつけば、時計は1時55分を指したところだった。

 家鳴りは相応に聞こえてくるが、食器が音を立てて動いたり、トイレの扉が勝手に開いてくることはなかった。

 H君はうつらうつらとしていたが、私が声をかけると時間を確認した後、引き攣った顔でテレビの方を見ていた。

 そして、時計の針が2時を指したところで勝手にテレビの電源が入り、テストパターンというカラーバーが映る。

 テレビが点いた瞬間、H君はびくっと体を震わせたが、私がいるからかそれ以上は怯える様子を見せることはなかった。

 ただ、ほらね、とでも言いたげな顔で私の方を見ていた。

 私は何も言わずにテレビのリモコンを操作し、テレビのオンタイマーが設定されているのをH君に見せ、目の前で解除して見せた。

 恐らくは同僚かH君の友人の誰かがH君を怖がらせようといたずらでオンタイマーを設定したのだと思うが、H君はこういった設定などに疎いのか気がつくことがなかったのだろう。

 私はこれでもう明日から家鳴り以外は何も起こらないはずだから、とH君に説明し、深夜の寒空の下、帰路についた。

 次の日、H君がにこやかに出勤してきて、あれから食器が動いたりトイレの扉が勝手に開くことはなくなったと私に報告してくれた。

 また、その次の日は鳴家は依然としてよく鳴るが、夜中にテレビが点くこともなかったとH君は嬉しそうに話していた。

 ただ、私は起きている現象に対処していけばいつかは原因にも何か変化が起きるものかと思っていたが、どうやら決してそんなことはないようだった。

 H君の背中には依然として髪の長い女性がしがみ付いていた。

 もしかすると家鳴りだと思っていたものは、実際は違うのかもしれないと思ったが、私はH君にそれ以上は言わなかった。

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