ホワイトアウト
もう6年ほども前の年の瀬のこと。
正月休みを実家で過ごすために、多少の吹雪ならと無理を押して車を走らせていた。
私は普段から特に天気予報などを見たりはしないが、きっとその日は暴風雪警報が出ていたかもしれない。
私が一人暮らしをしていた街から実家までは、冬場であれば4時間ほどの距離なのだが、その日は視界の悪さもあり、道のりの殆どで時速40kmも出せずに走っていた。
途中で旭川市を通ることになるが、旭川空港の近くを通るのが近道であるため、いつものようにそこを通ったが、それが間違いだった。
空港の周辺の土地には特徴がある。
飛行機の進路を妨げないようになのか、森林などがない。
おまけに旭川空港は小高い丘の上にあるため、周辺の道路は吹き曝しになる。
つまり、吹雪の日は山間の道路を走るよりもずっと視界が悪くなる。
視界の悪い中での運転はそれまでにも経験があったが、まさか視界が0mなるなどとは思ってもいなかったため、何も考えずに空港の方へと車を走らせてしまった。
空港に向かう交差点を曲がった時には前後に大型トラックがいたはずだった。
前方のトラックはほんのうっすらとテールランプの赤い光を見せているが、後続車のトラックは確認できない。
確認はできないが、あの交差点を曲がってからは一本道であるため確実に後ろにトラックはいるはずである。
私はその道路を通ったことをとても後悔していたが、引き返すことなどは不可能だった。
不用意に停車などすれば間違いなく後のトラックに追突されることになるし、路側帯に車を寄せようと思ってもとっくの間に路側帯は雪に飲み込まれている。
私には前方のうっすらとした赤い光を見失わないように運転するしか方法が残されていなかった。
視界がなくなってから5kmほど走ったところで少しずつ風雪は弱まってきた。
いつもであればそれでも十分に吹雪いていると判断できるような天候ではあったが、視界0mから比べれば何倍もましであった。
旭川空港を過ぎてから更に2時間ほど経ってから私はなんとか無事に実家にたどり着くことができた。
どれだけ大変な道のりを運転して来たのかということを家族に見せようと思い、車載カメラのSDカードをノートパソコンに差し込み、フォルダを開くと、真っ白なサムネイルが幾つも並んでいた。
適当に当たりをつけ動画を開いていく。
そして何度か同じことを繰り返してやっと旭川空港周辺を運転している時の動画を見つけた。
そしてその動画を開いた時、私は凍りついた。
画面の殆どを占めるように真っ青な顔が写り込んでいる。
恐らくは男性だと思われるが、眉毛やまつ毛が凍りつき、鼻水が氷柱となり半開きの唇は薄紫色になっている。
サムネイルにはそんなものは写っていなかったのに。
画面の四隅にはちらちらと雪が流れていく様子が見えるため、車を走らせている途中の動画であることが分かる。
その顔は吹雪に当てられ小刻みに揺れているように見えるが、目や唇が動く様子はなく、まるで凍死死体を見ているようであった。
10秒くらいはその顔を見ていただろうか。
私ははっとして急いでその動画を閉じて前後の動画を確認した。
幸いにもどちらの動画にもあの凍えた顔は映ってはいなかった。
それを確認した後、再び先ほどの動画を再生すると、今度は普通通りの吹雪がちらちらと映るだけの殆ど真っ白な画面が映るだけだった。
一体、さっきの顔は何だったのか。
吹雪で視界が悪い中、長時間にわたって運転したことによる疲れのせいで変な幻覚でも見たのだろうかと思った。
その後、どの動画を確認してみてもあの顔が写っているということはなかったが、家族に動画を見せる気はなくなってしまった。
後になってから、もしかするとあの時、旭川空港近辺で吹雪の中亡くなった人がいて、その人が私に何かを伝えようとしてカメラに写り込みでもしたのかとも考えたが、その日に雪害で亡くなった人はいないようだった。
今となっては私は実家のある街に引っ越して来ているため、冬の間、特に吹雪いている日に旭川空港の近くを通ることはなくなった。
あの動画に映った顔が何だったのかは今でも分からないが、あれ以来、車載カメラの動画を確認することはしなくなった。
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