ぬいぐるみ
私がまだ小学生の頃、家に金髪で青目の男の子のぬいぐるみがあった。
大きさは30㎝くらいだったろうか。
記憶は定かではないが、元々は姉の持ち物で、姉が大学に進学して家を出た時に置いていったものだった。
私がそのぬいぐるみを欲しがったわけではなく、成り行きで私の持ち物になったはずであった。
そのぬいぐるみは私が寝ていたベッドの足元にある箪笥の上に座らされていた。
どのように置こうと思っても、結局は私の方を向かせるようにしか置きようがなかったので、仕方なく私はそのぬいぐるみに見下ろされながら寝ることになっていた。
小学生というのは多感なもので、そのぬいぐるみが少しずれていたりするだけで、ぬいぐるみが1人でに動いたのでは、などとありもしないことを考えていたが、冷静になって考えれば、母親が部屋の掃除などをするのに少し触れたりしただけだと分かるものである。
当時、ぬいぐるみに殺人鬼の魂が乗り移って襲いかかってくるという映画が話題になっていて、私はその映画を見たわけではないが周りの誰かが話をしているのを聞いて、根拠もないのにあのぬいぐるみもきっと曰く付きなのだと確証するに至った。
ある日、私はそのぬいぐるみをどこか見えない場所にしまったのだと思う。
思う、というのはどうしても遠い過去の記憶であるし、その後のことを鮮烈に覚えているだけであって、その出来事の整合性をとるために遡って考えると、きっとそうだったのだろう、ということだ。
ぬいぐるみを見えない場所にしまったであろう日の翌朝、私はとても恐怖したのを覚えている。
ベッドの足元の箪笥の上。
そこにはあのぬいぐるみが座っていた。
ぬいぐるみがしまわれた場所から這い出してきて、また箪笥の上に戻ってきた。
そう思った。
母親がどこからか見つけだしてきて箪笥の上に戻しただけだと言われれば、それが最も腑に落ちるべき考えだが、幼い私はその考えには至らなかった。
今でも、わざわざ母親がそうまでしてぬいぐるみを元の位置に戻すだろうかという疑問はあるし、もしそうであればぬいぐるみだけでなく母親も何か悪い気に当てられていたのではないかとも思ってしまう。
どうであれ、ぬいぐるみが戻ってきたことを鮮烈に覚えているのだ。
それからどれだけ日が経った頃かは分からないが、今度は朝目を覚ますとぬいぐるみが箪笥から落ちていた。
ベッドの足元のすぐのところに箪笥があるため、箪笥の上から物が落ちるとなれば、必然的に私の足のすぐ近くに落ちることになる。
目を覚ますと私の両足の間にぬいぐるみが寝転がっている。
私は想像させられた。
夜な夜な家の中を歩き回っているぬいぐるみを。
私はこのぬいぐるみが怖いと母親に言ったと思う。
だが所詮は子供の戯言と思われるのは当然で、母親には大して相手にされなかった。
どこかにしまい込んでも出てくるぬいぐるみに対して私には為す術がなかった。
それからまた日が経った頃。
ついにぬいぐるみは私の顔の真横にいた。
誰かがわざわざぬいぐるみをもってきて、私と並べるようにして布団をかけてあげたかのようだった。
私は子供ながらに命の危機を感じていた。
この次の段階へ行けば、最後は寝首を掻かれるのではないかと。
しかし、当然ながらそんなことは起きず、それ以降はぬいぐるみがベットに入ってくるなどといったことはなくなった。
母親の悪戯だったのだとしたら、母親がそれに飽きたのか、それとも私がぬいぐるみよりもずっと興味を惹かれるものを見つけでもして、ぬいぐるみのことなど意識しなくなったのか。
そのぬいぐるみにまつわる話はこれ以外にはない。
今も実家に行けばそのぬいぐるみはあるし、家族の誰も、そのぬいぐるみが動いたなどと話す者もいない。
ただ、このぬいぐるみの記憶が思い起こされて今思うことは、恐怖心や嫌悪感といった感情は、強ければ強いほどその感情が向いている先のものを引き寄せるのではないかということだ。
怖いと思えば思うほど寄ってくる。
嫌だと思えば思うほど離れていかなくなる。
負の感情か前向きな感情かは関係なく、その感情の強さ、絶対値に引き寄せられるものがあるのだと。
あの時、私はぬいぐるみが怖かった。
どこかへ行って欲しいと思って隠した。
ぬいぐるみが関心を向けられなくなったことで動かなくなったのだとしたら、またこうして私に思い出された今、箪笥の上から降りてきて私のことを探しでもしているのだろうか。
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