右側ばかり

 知り合いのMさんは長らく右腕の腫れに悩まされていた。

 Mさんが上着を脱いだ時にちらと見えたその前腕には、子供の掌ほどの赤い腫れの中心地と、その周りの疎に紅潮した腫れが地図のように拡がっていた。

 聞けばMさんの体の不調は全て右側に起こるのだという。

 右目は霞んで見え、右耳も耳鳴りが多い。

 去年は右の腓骨頭ひこつとうを骨折したし、右足の親指は巻き爪が化膿してかなり痛い処置を受けたという。

 そして今年の夏になって右腕を蜂に刺されたのだそう。

 蜜蜂だと思って2日もすれば何事もなかったかのように治るだろうなどと甘くみていたが、3週間が経った今も腫れは続いている。

 Mさんが言うには、酷い時から見ればかなり腫れは引いてきたのだというが、それでも左右の腕の太さは明らかに違う。

 利き手の怪我をしやすいというのは自然なことかもしれないが、Mさんのそれは異常という他なかった。

 診断をもらっていないだけで私が見る限りMさんは右肩が四十肩だろうし、昨日も突然右の鼻の穴から鼻血が出てきていた。

 Mさんにとってはそんなことは日常茶飯事らしく、さして気にもしていない様子だった。

 だが、Mさんは腫れ上がった右腕を私に見えるようにしながら、どうしてこんなことになっているのかを話してくれた。

 Mさんがまだ若い頃、右腕と右足を続けて怪我をしたことがあり、それを見て心配したMさんの母親が知人の拝み屋さんに頼んでMさんを見てもらったそうだった。

 しかし、その拝み屋さんはMさんの母親が期待するようなことは言ってはくれなかった。

 Mさんには何も悪いものはついていません、と。

 ただ、一方でこんなことも言ったという。

 MさんにはMさんを強力に守る存在がついている。

 それが先祖なのか何かMさんと関わりのある者なのかは分からないが、とにかく強力で、普通ならこのようなものがついていればそうそうこんな重たい怪我などはしないという。

 では何故Mさんは体の右側ばかりを怪我するのか。

 それはMさんを守る存在が左側にしかついていないからだという。

 恐らくは左右を二対で守る存在だったのかもしれないが、なんらかの理由で右側を守っていた存在が消えているのだと拝み屋さんは話す。

 その理由については拝み屋さんでも分からないそうだったが、Mさんの右半身は何にも守られていないのだという。

 だが、Mさんは自分には何となくその理由が分かると話す。

 拝み屋さんの話を聞くまではただの夢か幻覚かと思っていたが、まだMさんが年端も行かぬ頃、Mさんの親が運転する車が酷い事故に巻き込まれた。

 Mさんは後部座席に乗っていたが、運悪くMさんの乗る車の右側からトラックに衝突されたのだ。

 トラックはMさんの乗る後部座席からその後ろにかけて思い切り衝突し、トラックもろくに減速をしなかったせいでMさんの乗る車の後部座席は電柱とトラックに挟まれる形になった。

 トラックと接触していた場所はくしゃくしゃに押し潰され、もし右側の座席にシートベルトで固定でもされていれば確実に命はなかったとしか言いようがない状況であった。

 今ほどシートベルトの着用についてはうるさくない時代だったこともあり、Mさんもシートベルトはしておらず、それが幸いしてMさんは左側の座席に吹き飛ばされていた。

 後部座席の左側も電柱がめり込み原型をとどめていなかったが、Mさんはちょうどいいところに入り込み怪我はなかったという。

 しかしその時、Mさんには見えていた。

 Mさんの右側に立ち尽くしている何かを。

 まだ幼いMさんはその何かを形容する言葉が分からずにいたが、今となって思えば金剛力士像にも似た風体であったという。

 しかしその金剛力士像に似た何からぼろぼろと崩れ落ちて消えてしまったのだそうだ。

 その事故でMさんは全く怪我をしなかったが、次の日からMさんの右半身の怪我や不調が相次ぐようになったという。

 Mさんは笑ってその時のことを話していたが、私にとっては決して笑える話ではなかった。

 Mさんの話が呪いといった目に見えぬ悪意や害意を肯定しているように聞こえたからだ。

 それはまるで世の中は本来呪いで溢れ返っているとでも言うように。

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