戸外炉峠

 旭川市から国道233号線を西に進んだところに深川市は位置しており、その深川市の外れに戸外炉ととろ峠はある。

 戸外炉峠は有名な絶景スポットであり、途中、立ち寄ることのできる休憩所からは周囲を一望でき、北海道の雄大な自然を堪能できる。

 また戸外炉峠はその名前から某有名アニメ映画に登場するバスをのような塗装が施された廃バスが設置されており、それを目当てにそこを訪れる人々も少なくはない。

 この話は以前勤めていた病院の柔道整復師のS先生から聞いた、そんな戸外炉峠にまつわる話だ。

 結論から言えば、その戸外炉峠は心霊スポットなのだそうだ。

 雄別ゆうべつ炭鉱病院や然別しかりべつ湖、神居古潭かむいこたんなど、北海道には数多くの心霊スポットがあるが、その戸外炉峠もその一つである。

 人が数多く立ち寄る場所である以上はそういった噂話が実しやかに囁かれるようになるのも仕方のないことではあるが、かといって心霊スポットとして有名なのかと言えばそうではない。

 インターネットで戸外炉峠が心霊スポットなのかを調べてみると、大学生がバイク事故で亡くなり、以降その付近で大学生の霊が出るとか、近くに設置された廃バスに女の霊が出るなどという話が散見されるがその程度であり、絶景スポットを上回るほどの話題性はない。

 しかし、私がS先生から聞いた話はインターネットで見たような話ではなかった。

 S先生は数年前に奥さんと札幌に出かけた帰り道に、ちょうど近くまで寄るからという理由でその戸外炉峠の廃バスや夜景を見に行ったのだという。

 S先生たちが戸外炉峠の休憩所に着いたのは午後8時過ぎ。

 辺りはすっかり暗くなっており、駐車場は電灯で照らされているものの、前後の道路には電灯がなく真っ暗だったという。

 夜になればそれなりの夜景が広がるとはいえ、函館山から見た夜景や、札幌のJRタワーから見下ろす札幌の街並みを知っている人たちからすれば、街の明るさよりも周囲の暗がりの方が気を取られるだろう。

 目当ての廃バスはライトアップがされるわけでもなく、わざわざ暗い道を歩いて見に行く気も起きず、仕方なくトイレで用を済ませるだけにして帰ろうということになった。

 S先生は先に用を済ませて車で奥さんが戻るのを待っていたそうだが、やはり女性と男性では要する時間はどうしても違う。

 S先生が先に戻ってから5分ほど経ってやっと奥さんがトイレから出てきた。

 その時は普段は滅多に早歩きもしないというS先生の奥さんが走って車に戻ってきたそうだ。

 トイレから車までは大した距離があるわけではなかったが、急に走り出したせいか奥さんはひどく息を切らせていたという。

 S先生はそんな珍しい様子の奥さんを見てどうしたのか話を聞くと、すぐに車を出してほしいとS先生をせかす。

 奥さんのただならぬ様子に気圧されたS先生はすぐに車を発進させて帰路についた。

 戸外炉峠の休憩所から離れて少し経ったところでやっと奥さんは何があったのかを話してくれたという。

 奥さんが言うには、戸外炉峠の休憩所に入った時から何か嫌な気配を感じており、トイレに近づいてからどうやら嫌な気配の震源地はこのトイレの中だと思ったそうだ。

 トイレの入り口は男女で分かれており、そのどちらか、もしくはどちらにも何か得体の知れないものが潜んでいるような気がしてならなかったが、かといってここで用を足さなければまたしばらくは何もない道が続くことになる。

 奥さんは迷った挙句、仕方なくトイレに入ったが、残念ながら嫌な気配の震源地は女子トイレ側であった。

 トイレの詳しい構造は聞かなかったが、いくつか並ぶトイレの個室のその一番奥。

 そこが猛烈に嫌な感じがして、本当はそれ以上はトイレの中に足を踏み入れたくはなかったそうだ。

 しかし用を足さないわけにもいかず、一番手前の個室で素早く用を済ませようとした。

 幸い、個室に入っている間に戸を叩かれたり、何かに覗き込まれたり、変な声を聴いたりなどはしなかったというが、それでもずっと一番奥の個室からは嫌な気配を感じ続けていたそうだ。

 急いで用を済ませて個室から逃げるように飛び出し、簡単に手洗いを済ませ出入り口へ向かう。

 トイレから出る前に最後にまた一番奥の個室の方を見る。

 別に、その個室から誰かが顔を出してこちらを見ていただとか、そんなことはなかったが、やけに暗く感じたという。

 トイレの中の電灯はしっかりと点いており、点滅などはしていないのに、トイレの奥だけが異様に暗い。

 目の前のことを頭はどうにか理解しようとしていたが、それ以上に早くこの場から離れたいという思いもあったため、なぜかトイレの奥に意思が向きたがるのを無理矢理に振り払い、走って車まで戻ったのだという。

 その話を飲み会の席で聞いていた私は、結局奥さんは何も見ていないし、ただ嫌な気配を感じただけであって、結局のところトイレの奥には何があったのかと純粋に疑問に思ったことをS先生に聞いた。

 もちろんS先生も分からないというばかりであったが、S先生の奥さんは二度と戸外炉峠は通りたくないという程だったという。

 S先生の奥さんは所謂第六感的な感覚の持ち主だそうで、それまでも嫌な予感がしたりするとそれが的中したりしていて、S先生もあれは本物だと思う、と話していた。

 私はS先生の奥さんには会ったことがないため確かめようもないし、人の奥さんのことに対してそんなものは勘違いか早く帰りたいがための嘘っぱちだなどとも言えない。

 ただ、その戸外炉峠の休憩所とトイレは今もあり、問題なくトイレとして使用されているはずである。

 もしこれから北海道観光に来られる方がいるのであれば是非とも戸外炉峠の休憩所に立ち寄って、女子トイレの一番奥の個室に何があるのか確かめてみてほしい。

 そして、何か怪異にでも出会えたのならご一報いただければ幸いである。

 ただし、もし怪異に出会ったとしてただでは済まなかった場合は、私は何も責任は負えないということを予め承知しておいていただきたい。

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