安息の甘露【7】イリム視点

「解放同盟のサグルです。こいつはバーズ」 


 グジムが居住まいを正して戦闘員名ノム・ド・ゲールを名乗りながら、すぃっと僕の前に出た。頼れる相棒はこういう時にもさりげなく僕を守ってくれている。


 自由連盟との関係は今のところは良好だけど、決して盟友というわけではない。

 前にちょっとしたきっかけで対立したこともあったので、思惑が分からない限りは油断しない方がいいと思う。


「はは、君たちは本当に良いコンビだね。鷹が自慢するのも無理はない」


「え? とうさ……隊長が?」


 思いがけず耳にした隊長父さんのあだ名にうっかり口を滑らせかけると、男の人――ターヒルさんがたまらないって様子で噴き出した。


「くっくっく……こりゃあ、鷹が目の中に入れても痛くない可愛がりようなのも無理はない」


「え、えっと……」


「こら、気が緩みすぎだぞ」


「ご、ごめん」


 お腹を抱えて笑うターヒルさんとおろおろする僕。グジムはこめかみを押さえてボヤいてる。


「すまんすまん、ここは日頃の立場を忘れてゆったり寛ぐための場だ。君たちも座って楽にしてくれたまえ」


 ひとしきり笑ったターヒルさんは半身を起こして自分の隣を指さした。

 グジムが彼の隣に座ったので、僕はその反対側に。こうしていると、ターヒルさんの視線が遮られるので、ちょっとほっとする。

 悪い人じゃなさそうだけど、値踏みするような視線はちょっと居心地悪い。


「それで、何か自分たちにご用でしょうか?」


 僕が落ち着いたのを確認すると、グジムが思い切ったように声をかけた。

 わざわざこんなところで声をかけてきたんだもの、何か非公式に話したいことがあるんだと思う。

 ちょっと底のしれない人だけど、隊長父さんの名前を出した時の様子といい、敵意や悪意は感じられない。一体どんなお話だろう?


「いや、特に用事ってほどのものじゃないんだけどね。鷹の自慢の息子たちを一度この目で見ておきたかったんだ」


「自分たちを、ですか?」


 警戒は解かないまま、相棒グジムが真意を伺うように聞き返す。


「うん、。詳しい話は……そう、雪が融けるころに機会があるんじゃないか?」


「雪解けのころ、ですか」


 雪が融ける頃になにかあるみたいだけど……軽く笑ってごまかすところを見ると、直球で訊いても答えてくれそうにない。

 たぶん調整が必要な何らかの計画があって、隊長と話をしたのだろう。もしかすると、組織をまたいだ大きな共同作戦があるのかもしれない。

 その時に同行する隊員をあらかじめ見ておきたかい。でも、今はまだ調整中で、詳しい話は出来ない。

 きっとそんなところなんだろう。


「僕たちがここに来たのは偶然なんですが……なぜここでお待ちになっていたんですか?」


 恐る恐る、僕もグジムの陰から顔を出して訊いてみた。

 今日ここに立ち寄ったのは、たまたま思いついたから。全くの偶然だ。

 それなのに、彼は明らかに僕たちを待っていた。ずっと監視されていたならさすがに気付くはずだから、最初からこのくらいの時間に僕たちがここに来ると確信してたみたい。


「ああ、それは鷹に聞いたからな。君たちは朝飯を食ったら必ずここに来るだろうって」


「え?」


「『うちの末っ子たちは行儀が良いから、戦場で汚れたまま店を回って迷惑をかけるはずがない』ってな」


「そ、それはたしかに……」


 なるほど。隊長父さんにかかったら、僕たちの行動パターンなんてみんなお見通しってことか。


「腹ペコだろうから屋台で何か軽くつまんできて、そのまま風呂に入るだろうと言ってたんだが」


「はい。屋台で串焼肉シャワルマ豆コロッケファラフェルをいただいて、そのまま来ました」


「本当に鷹の言う通りだったな。こいつは恐れ入った」


 また愉快そうに笑うターヒルさん。笑いすぎておなか痛くならないかな?


「とにかく、君たちならむやみに暴力を振りかざしたり、信仰を押し付けたりすることはなさそうだ。まだまだ先の話になるが、もし一緒に動くようなことがあったらよろしく頼む」


 笑い終えたターヒルさんは、真面目な顔になって僕たちの目を見ながら言った。

 どうやら僕たちが頭でっかちで暴力的な宗教原理主義者かどうか見定めたかったみたい。


 この調子だと、僕たちに火器支援を頼みたいんだと思う。……ということは、いつもみたいに防戦一方じゃなくて、思い切った攻勢に出るのかも。

 今度こそ、膠着状態を維持するための消極的な戦闘じゃなくて、政府に占領された土地を少しでも解放するための作戦だと信じたい。


「はい。その時はこちらこそよろしくお願いします」


 グジムの陰から顔を出してお返事すると、ターヒルさんはまた愉快そうにからからと笑った。


 彼と一緒に戦場を駆けるのはいつのことになるんだろう?

 大事な時に遅れを取らないよう、もっと腕を磨いておかなくっちゃ。


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