安息の甘露【6】イリム視点
この国の公衆浴場は熱気浴が基本。床下や壁に設置されたパイプを通る熱湯で壁や床を熱し、その中でお湯を使うことで室内に充満した蒸気で身体を温める。
だから、足を火傷しないように木製のサンダルを履くことになってるんだ。
「お着替えはこちらの番号の個室でどうぞ。ホールの階段をのぼってすぐのお部屋になります」
番台脇の、タペストリーが掛けてある入口を抜けると吹き抜けのホールになっていて、2階と3階の休憩室に続く螺旋階段が見える。
ホールの真ん中には噴水と大理石のベンチがしつらえられたサロンになっていて、バスローブ姿の人たちがお茶を飲みながらおしゃべりを楽しんでいた。
「これ、洗濯お願いできますか? それから
着替え終わって荷物と服を預けるついでに、洗濯もお願いした。ついでにあかすりとマッサージのサービスも。
「かしこまりました。通常の洗濯と乾燥でよろしければ2時間ほどで仕上がります」
「わかりました。それでは入浴後にサロンで休憩してから取りに来ます」
サロンでは湯上りに寛ぎながらお茶とお菓子をいただくことができる。
街の人たちにとってはおしゃべりを楽しんだり将棋を指したりできる、貴重な社交場になってるんだって。
かけ湯用のバケツと手桶を受け取って地下の浴場に降りると、すぐに微温室に入った。入口をくぐるとむわっと温かな蒸気に包まれる。
「いい香り」
「ああ、今日はラベンダーとゼラニウムか?」
微かにハーブの香りがするのは部屋の入口に置かれた大理石の水盤に、ハーブのオイルが垂らしてあるから。
水盤の上の温水と冷水の蛇口からバケツにお湯を汲み、ちょうど良い温度に調整する。それから壁の窪みにある洗い場で手桶を使ってかけ湯しながら、身体についた泥を洗い流した。
編み込んだ髪を解いて細かな砂や砂利が出てこなくなるまで流すと、それだけでもだいぶ人心地がつく。
「ふぅ、すっきりするね」
「軽く泥を落とすだけでもいい気分だな」
この部屋は壁や床そのものがセントラルヒーティングで熱されていて、だいたい38度くらいに保たれている。その中で水盤にお湯を張ったり、かけ湯をするから、室内の湿度は100%近い。
北国みたいな
更にゆっくり汗をかくことで、毛穴の汚れを浮かせて洗い流しやすくなるんだって。
その間は室内にしつらえられた大理石の台座に寝そべったり座ったりしてリラックスしながら過ごす。
そうして友人や居合わせた客同士で会話を楽しむ人が多い。
僕たちも部屋の一角にある台座に並んで腰掛けようとすると、先客に声をかけられた。
「お兄さんたち、出勤前のひと風呂かい?」
見れば40がらみの男性が隣の台座で横になって寛いでいる。
人懐っこい笑みを浮かべているが、眼光は鋭く、リラックスしている様子なのに全く隙は無い。一般人を装ってるけど、その堂々たる佇まいは明らかにひとかどの戦士である。
「いえ、ちょうど勤務明けの半休に入るところで」
「ああ、なるほど。昨夜は派手にやったようだから、だいぶお疲れだろう」
「っ!?」
当たり障りなく受け流そうとしたら、軽い口調で核心に迫られた。
思わず身構えると、彼は敵意がないことを示すかのように空の両手を上げて名乗る。
「そんなに警戒するな。自由連盟のターヒルだ」
自由連盟というのは、この国の反政府勢力の一つ。構成員の多くは政府軍に故郷を奪われた人たちで、出身地ごとに部隊を作っていることが多い。
僕たち解放同盟と違って、こちらは宗教的な思想はあまり強くない組織が大半だ。
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