安息の甘露【4】
犬の治療中の待ち時間にグジムとやってきたアルファーダの街は、びっくりするくらいににぎわっていた。
3年前……僕たちがこの
今では街並みも綺麗に再建されていて、そこらじゅうに転がっていた瓦礫はどこにも見当たらない。
何だかついさっきまで暗闇の中で戦っていたのは夢だったみたい。
もちろん、平和で豊かな国みたいに商品があふれてるわけじゃないけど、ちょっと前までのみんなが飢えてた頃とは違って、店先が寂しくない程度にはちゃんと品物が並んでいる。
何より、道行く人々の表情が生き生きとしていて、とても明るい。
そんな活気のある人々の営みを大好きなグジムと並んで座って眺めているだけで、生きていて良かったと痛感する。
「冷めてしまう前にさっさと食べよう」
思わずうっとりと街を眺めていて、グジムの声で我に返った。
せっかく屋台のおやじさんが出来立てを渡してくれたんだから、冷めないうちに美味しくいただかなくっちゃ。
まずは
口に含むとヨーグルトの爽やかな酸味と岩塩の程よい塩気が舌の上に広がって、それからミントのすっきりとした香りがふわりと鼻にぬけた。なんだか戦闘の疲れと緊張が溶けていくみたい。
自分では気付かなかったけど、昨日の朝からずっと休まず任務に就いていたから、本当はだいぶ疲労がたまってたみたい。
思わず息をほぅっと吐くと、グジムも同じように息をついたところだった。
2人で顔を見合わせて笑い合う。
「美味しいね」
「ああ、何というか……ほっとするな」
グジムが晴れた空みたいな蒼い目を細めて嬉しそうにグラスを見ている。
きっと飲み物だけじゃなくて、おやじさんの優しい心遣いも一緒に味わってるんだろう。
優しい眼差しとほんの少しだけ緩んだ頬が、彼の心を物語っていた。
「
ロールサンドを頬張るグジムにならうように、僕も
カリリとした衣の歯ごたえの後、ヒヨコ豆の甘みが口いっぱいに広がってくる。
「こっちも衣はカリカリ、中はふわふわで美味しいよ」
添えられた
二人ともあっという間に食事を平らげてしまってから、おやじさんが持たせてくれたクッキーを頬張った。
サクサクした軽やかな食感と、カシューナッツの甘みと旨みが疲れを癒してくれる。
――いつも命がけで守ってくれてるからな、その礼をしたかったんだ。
――あんたたちのおかげで少しは普通の生活ができるようになった。
小さなお菓子を噛み締めながら味わっていると、おやじさんの声が脳裏によみがえった。
この言葉が、僕たちの心をどれほど励まし、救ってくれたことか。
たとえ世界中の富を積まれたとしても、世界で一番の名誉を与えられたとしても、おやじさんのこの一言に比べれば、何の価値もない。
必死で戦ってきて良かった。
生き延びて帰って来られて本当に良かった。
これからも、この人たちを守るため、命がけで戦っていこう。
いや、それだけじゃ足りない。
これからも、この人たちを守り続けるために、どんな戦いからだって必ず生きて帰って来るんだ。
心と身体に染みわたる食事の滋味に、そんな思いがごく自然に浮かんできた。
僕の視界がじんわりとにじんだのは、きっとステンドグラスから射し込む朝陽がまぶしすぎたせいだろう。
砂漠の鷹は望郷の涙を流すか 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa
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