樫杖の蛇(13)
闇夜に沈む雪原に、チカチカといくつかの閃光がひらめいた。
そこから真っ赤な光が凄まじい速さで後方から迫ってくる。
鋭い風切音にびりびりと震える雪原の大気。
「撃って来たぞ!」
音速を超える弾丸が巻き起こす衝撃波。
その暴力的な力が窓ガラスを叩いた刹那、僕は反射的に左に急ハンドルを切った。
体に染みついた戦士としての反応。
道路から即座に車を退避させ、荒れ地に飛び込んで路外の窪地に車体をうずめる。被弾面積を減らすためだ。
一瞬の判断と僅かな行動が、生と死を分けてしまう。
次々に訪れる生命の分岐点の連続……それこそが、僕たちが今いる
「待ち伏せだ!」
直後。
真っ赤に輝く曳光弾が闇を切り裂き、路上を薙ぎ払うような掃射が始まった。
路面に当たった幾つかの弾丸が跳ね、赤い光の尾を引きながら、暗い夜空へと吸いこまれていく。そこは、先ほどまで僕たちが進んでいた場所のすぐ近く。
(道を外れていなければ、あの銃火の中に突っ込んでいたかもしれない)
「6時方向から攻撃! 各車、退避、退避! 少しでも身を隠せる場所を探せ!」
ハキム師が無線に怒鳴りつけると、先行する2台も路肩に退避していく。のろのろと窪地や岩陰に隠れてた後に、無線から《被弾なし》の報告が入った。
無事に難を逃れた様子にほっと息を吐く。
銃撃は続いていた。バックミラーが映し出す闇の中、遠くに発砲炎と思われる閃光が連続して瞬いている。漆黒の闇の中、次々と開く焔の花。
音から判断すると、おそらく1000m以上離れたところから撃っているのだろう。
連続して飛来する曳光弾に、ある特徴があることに気が付いた。
初弾の曳光弾から続いて2回、3回と飛来する曳光弾発は地表に水平に飛んでくるが、次に飛来する曳光弾と、それ以降の弾道は大きく上に逸れていく。
通常、曳光弾と曳光弾の間には、光を発しない普通弾が4~5発含まれている。目に見える曳光弾の数よりも、飛来してくる弾丸は遥かに多いはず。
つまり、敵は既に相当な量を発砲してきているが、命中弾は一発もない。
いくら遠方からの射撃とはいえ、ひどい集弾性だ。
「このばらけ方は……
もちろん、攻撃を受けると同時に反射的に初弾の装填は済ませてる。
その時、路上を掠めるように地面に当たった弾丸が小さな爆発を起こした。
着弾地点の周囲が瞬時に燃え上がり、闇に沈む道路が照らし出される。
「おっと……! こいつは焼夷榴弾だな」
すえた様な臭いが辺りに漂う。
この爆発は間違いない。地面に触れた瞬間の炸裂……
通常、機関銃や小銃の弾には炸薬は積まれていない。弾頭が小さすぎるからだ。
重機関銃弾として広く使われている有名な
炸裂する12.7mm弾が無いワケじゃないけど、僕たちがいるような紛争地帯に出回るほど大量に生産されているシロモノじゃない。
ということは、それよりも大口径な弾丸を打ち出せる機関銃を使っている可能性が高い。とはいえ、20mmクラスの機関砲だったら、僕らが今無事であるわけがないくて……つまりこの射撃は、
「……おそらく、
闇の中で皆がうなずく。
「ならば、この集弾性の悪さにも合点がいく。あれは装甲車より軽い車に積むには、ちと反動が大きすぎるからな」
おじさんと相棒が冷静に分析している。
どうやら敵は民生用トラックに重機関銃を取り付けた
事実、この暗闇の中での射撃はひどく不正確なものとなっている。
「ハキムより各車へ。敵は後方約1000m、
後部座席のおじさんが無線で指示を出し、助手席のグジムがライフルを片手に窓から半身を乗り出したまま後方を睨みつけた。
「それじゃ、敵は走行しながら撃って来ることはないのかな?」
僕らの車はもちろん、先行している2台の車にも全く当たる様子はない。
暗視装置もないみたい。あればもっと当ててきているはずだもの。
「そうだな、ただでさえ悪路に揺れるうえに、大口径重機関銃の反動だ。まともに狙いをつけることも難しいだろう。いいところ徐行で精一杯なはずだ」
「しかし、それならば何故ここで仕掛けてきたんです?」
「あのルートからナフラを通らないとすれば、山を降りられるのはここだけだ。おそらく確実に通るはずの交差点を警戒していたところに、我々が現れて発砲した――そんなところだろう」
「なるほど。しかし、待ち伏せにしては稚拙な攻撃でした。まだ兵員を配置する前だったようですね」
「そのようだな。さもなくば、時速30km程度でしか走れない我々が今、無事でいるはずもない。創世女神の加護に感謝せねば」
「はい。いと気高き
おじさんと相棒のやりとりに、今すぐ撃たれることはないと判断した僕は、車をまた幹線道路に戻した。
仲間の検問所まではあと2km足らず。そこまで逃げきれれば僕たちの勝ちだ。
雪原の夜はまだまだ続く。
前の2台も道路に戻って、スピードを上げたのを確認してアクセルを踏む。
その時、鈍い轟音が再び大気を震わせた。
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