樫杖の蛇(12)
”
どうやら先ほどの宣言通り、「寝ているふり」を有言実行しているらしい。
「見張りがいないどころか、村に灯りの一つもついてないとは。ここまでわざとらしいと、いっそ清々しいな」
ハキム師も苦笑している。
向こうがそのつもりなら、ありがたくこのまま通らせてもらおう。
村の中を東に曲がって、くねくねした山道を下っていくと、ふもとのマロナイト村の灯りが見えてきた。周囲の木立もまばらになって、満月が道を明るく照らしている。
ここまでくれば、目的地のアルファーダまでわずか10kmほど。
村の東の交差点まで行けば、整備された幹線道路に出られるので、走るのもかなり楽になるはずだ。
中天の月を見やって空に敵影がないことを確認。次いで平原を南北に貫くまっすぐな道路に目をやった時のこと。
轟音が大気を震わせた。閃光が夜の闇を切り裂く。次いであがった土煙が焔に照らされ、南の空をオレンジ色に染めあげた。
「……っ!?」
「
「「了解!」」
期せずして声が揃う。二人とも意識が戦闘モードに切り替わった証拠だ。
『
途中の斜面からナフラを監視していた斥候からの通信。
「こちら本部。何があった!?」
『ナフラで爆発です。シャクラから下りる山道とアルファーダに向かう幹線道路との交差点付近』
「まさか」
『はい。所属不明の車両が交差点に入ったところで爆発しました。おそらく、我々と間違われたものかと……』
「わかった。梟の尾はそのまま監視。他は全力でアルファーダに向かえ。すぐ人違いに気付いて追手が来るぞ!」
各々から了解の声が届くと同時に、前方を行くテールランプの光がスピードを上げたかと思うと、すぐに消えた。
相棒も負けじとばかりに前方の車両との間隔を保ちつつ、曲がりくねった岩だらけの道を、月明りだけを頼りに険しい山道を精一杯のスピードで突き進む。
車体が激しく揺れるのは前方の救急車も同じだろう。患者への負担が気になるが、今は一刻一秒を急がなければならない。
「追いつかれるでしょうか?」
一気に加速したせいで、窓から乗り出した半身に冷たい風が吹きつけてきた。
車内に問いかける声も風にかき消されそうだ。
「どうだろう。こちらは急斜面を下っているのに対して、あちらは平野だからな。道も広いし舗装されている。ナフラからマロナイトまで10km程度しかないんだ。既に出発していれば、あるいは」
「そんなにすぐに人違いに気付くとは思えませんが……」
ふもとのマロナイトからアルファーダまでは10㎞足らず。
山を下ってしまえばさすがに逃げ切れるとは思うのだが。
「追いつかれることも問題だがな。それより、濡れ衣を着せられかねない」
「おじさん、どういうこと?」
ハンドルを握りしめ、視線はまっすぐ前に向けたまま、相棒が疑問を挟んだ。
「交差点で爆発があったということは、遠隔操作型の
「そんな、あの街の住人は政府の支持者がほとんどだよね?」
むしろ、元々の住人を追い出して政府を支持するものだけが家や畑を奪って住み着いたともいえる。
つまり、街に被害が出るということは、彼らが自らの支持者に危害を加えたということになるが……
「ああ。そうやって支持者を巻き込んででも、我々を何とかしたかったんだろう。それで、人違いに気付いたら、奴らは事件をどう説明すると思う?」
「えっと……人違いでしたって言う訳にはいかないから……たぶん亡くなった方が反政府勢力だって嘘をつく?」
「うむ、その通りだ。しかし、それだけじゃないぞ」
「まだあるの?」
「ああ、街の人たちを巻き込むような爆発だからな。いくら敵を倒すためと言っても、政府がやったと発表すれば、支持者は……街の人たちは納得しない」
「なるほど。だから、うかうかしてると俺たちの仕業にされかねないんですね」
「その通り」
「え、でも”
「さっきの通信で『協力はしない』と言ってただろう? ものの見事に寝たふりをしていた」
「そういうこと。この時間に我々が通過したという証言は期待しない方が良いな」
「だから、一刻も早くアルファーダの市街地に入って、爆発した時間はナフラにいなかったというアリバイを作る必要がある……そういうことですね?」
「うん、満点回答だよ。さすが”
「わかった。できるだけ早くアルファーダに飛び込むから、みんなしっかりつかまっててね!」
「ああ、頼んだよ」
ハキム師の言葉に相棒は力強く頷くと、思い切ってアクセルを踏み込んだ。
前方の2台も状況は理解しているらしく、月明りの中を二つの影がすさまじい勢いで左右に動きながら村に近づいていく。
ほどなくして山を下りきり、村の中を猛スピードで走り抜けた。
村の外側は度重なる戦乱で破壊され、草原の中にゴロゴロと瓦礫が転がる廃墟と化している。
「何とか逃げ切れるでしょうか?」
「わからん。とにかく病院に着くまで気を抜くな」
交差点まであと少し。幹線道路に出れば、後は病院のあるアルファーダまで一直線だ。
平野を貫く見通しの良い一本道。しかも、こまめに整備されているので走りやすい。
俺たちの乗っているおんぼろトラックは、型式こそ古いが実は平地ならスポーツカー並みの速度を出せる。
交差点を曲がって一気に加速すれば、そうそう追いつかれることもあるまい。
そう思った矢先のことだった。
はるか右……南の方で光が動いた。車のヘッドライトだ。
「来ました! ナフラ方面から車両2台……距離は約2000m」
「来るぞ! 急げ!!」
車内に告げるや否や、ハキム師が無線に指示を出す。
俺が車内に引っ込むと同時に更に急加速する車両。
じりじりしながら平原の中を突っ走ること数十秒。
あと百mちょっとで交差点……というところで、轟音と共に鉄の嵐が降り注ぎ、闇の中で炎の華が弾けた。
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