樫杖の蛇(8)

「相変わらず『峡谷の鷹君たちの隊長』の千里眼は素晴らしいね。……人を丸め込む才能も」


 ちょっぴり呆れたようなハキムおじさんの声に、感嘆の念がたっぷりこもってる。

 きっと頼もしく思う反面、敵に回したくないって思ってるんじゃないかな?


 もっとも、おじさんたちと僕たちが敵対するなんてこと、とても想像がつかないんだけど。

 この国に来てから3年。おじさんたちの「森林狼ティルティス旅団」と僕たち「赤い鷹シュチパリア・クラン」はいつだって共闘してきた。

 お互いに戦い方も強さも、骨の髄までよくわかってる。どれだけ信頼できる人たちかも。


 もしこの国の戦争が終わって、おじさんたちティルティス旅団が故郷を取り戻すための戦いに赴くようなことがあれば、僕たちシュチパリア・クランも一緒についていくかもしれない。

 そのくらいには強い絆があると思っている。


「いったい何があったんでしょう?」 


 銃を点検しながらつぶやく相棒の声が、ほんの少しだけいつもより硬い。

 この先どんな危険があるのか予測を立てて、今から警戒してるんだろう。いつも冷静で慎重な相棒らしい。

 彼が隣にいてくれるだけで、僕には何も怖いものはない。

 どうやら進路の変更があったみたいだけど、隊長父さんが決断して彼が承諾したんだもの。僕たちなら絶対にうまくやり遂げられるはずなんだ。


「ああ、ナフラで待ち伏せされているという情報が入ったらしい。それで、手持ちの情報をエサに子猫ちゃんを手懐けたようだよ。君たちの隊長の手際の良さには、私も舌を巻くしかないよ」


 さすが隊長父さん

 プライドばっかり高くて、僕たち外国人を見下している民族主義者たちからも、こんなにあっさり協力を取りつけちゃうなんてね。

 おじさんが言う通り、彼の手にかかれば、「夜明けの虎カプラン・ブリッジ」だって無邪気な子猫と大差ない。

 もちろん、敵の待ち伏せを事前に察知することなんて朝飯前。もしかして、明日の天気を当てるよりも簡単だったりして。


 敬愛する隊長のすごさを改めて実感できて、自分のことでもないのに、ちょっとだけ誇らしい気分だ。


「待ち伏せですか……やはり負傷者の移送を読まれていたんですね」


 助手席の窓からするりと身を乗り出して、周囲を警戒しながら相棒が言う。

 たしかに僕たちが出発してから罠を仕掛けたにしては手際が良すぎる。

 きっと夜間に負傷者を移送することを見越して、昼のうちから準備をしていたんだろう。


「そうだな。市民防衛隊ホワイトアーミーの持ち込んだ機器だけではできる治療に限りがある。輸血も医薬品も量が足りない。すぐに手術が必要な重傷者は今夜のうちに運ぶしかないのはわかっていただろう」


「それで患者ごと市民防衛隊ホワイトアーミーを殺すつもりですか……たとえ一人ずつでも、医師や看護師を殺してしまえば、救助活動を続けることが難しくなる」


「うん。救急車だって無限にあるわけじゃないし」


「最終的には、市民防衛隊ホワイトアーミーを全滅とまで行かなくても、解散に追い込むことができれば万々歳、というわけですね」


 窓から半身を出したまま冷静に分析する相棒の声に苦みが混じる。

 僕たちみたいな戦士はともかく、わざわざ救助隊を標的にするなんて。

 奴らの卑劣さは身に染みているけど、改めて怒りが湧いてくる。


「ああ。なんとも卑怯な話だが、奴らも必死なんだろう。負傷した戦士が治療を受けられなければ、それだけ反政府勢力の戦力を削げるからな」


「それに、市民防衛隊ホワイトアーミーの活動を制限できればハディーカをはじめとした虐殺事件を『ただのデマ』ということにできると思っているのでしょうね」


 最後の相棒の言葉が少し引っかかった。


「自分達の悪事の生き証人は消してしまえってこと? 今さらそんな事したって、とっくの昔に世界中に情報は流れてるでしょ? 何しろ、リアルタイムで実況中継されてたんだから。生存者だっているんだし」


 運転に集中しなきゃと思うんだけど、あまりに理不尽でつい口を挟んでしまう。


 だって、後から消そうと躍起になればなるほど拡散されてしまうのが情報ってものでしょ?

 デジタルタトゥーとはよく言ったよね。一度悪事の証拠がインターネットに出回れば、それは半永久的にデータの海に揺蕩たゆたい続けて世界中の人々の元に届き続ける。

 今さら生き証人を消したところで、証言そのものが消えてなくなるわけじゃない。

 だから、もし市民防衛隊ホワイトアーミーを全滅させたとしても、あいつらの悪事は世界中にじわじわと知れ渡るだけじゃないのかな?


「まったくだね。中継した救助隊員も、だからこそ証拠隠滅されてしまう前に事実だけでも世界中に発信したかったそうだ。でも、それを全ての人が信じるかどうかはまた別問題なんだよ」


「どういうことですか?」


「残念なことだけど、リリャールを正義のヒーローだと思い込みたい人が多いってことだよ。だから、後から当事者の口を封じてしまえば、いくらでも誤魔化しがきいてしまうんだ」


 困ったようなため息交じりのおじさんの言葉。

 そのあまりに無茶苦茶な内容に、頭の中がかぁっと熱くなった。


 どうしてそんな理不尽がまかり通ってしまうんだろう?

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