樫杖の蛇(4)
「あなたたちが病人の移送を?」
負傷者が運び込まれた礼拝堂であまりの惨状に僕たちが言葉を失っていると、がっしりとした男の人が声をかけてきた。
年頃はハキムおじさんと同じくらい。
真っ白な雪中用装備の上に、白い
この人が
「はい。よろしくお願いします」
「所属は? ティルティス人には見えないけれど」
ハキムおじさんの紹介というだけでは信用してもらえないみたい。なんだか怪訝な目で見られてしまった。
リリャールにも政府にも狙われる身であれば疑心暗鬼に陥るのも致し方ないんだけど、ちょっと面倒くさい。
「……解放同盟配下、
「実在したのか……」
どうやら広報用のダミー部隊だと思われていたみたい。
確かに僕たちは人数も少ないし、大きな作戦でも狙撃を主体としたバックアップに回っているから他の部隊の前に姿を現すことは滅多にない。
しかも広報用にちょっと……いや、かなり無茶な狙撃の様子を発信しているんだから、実在を疑われても仕方がないのかもしれないけど――
「幽霊でも、合成映像でもありませんよ」
「あ、いや失敬。シュチパリア人を見ることはほとんどないから」
「まさかと思いますが……呪われてるって噂、本気にしてませんよね?」
僕もつい疑いのこもった眼差しを送ってしまう。
僕たちのルーツであるシュチパリアは500年前、世界中を大混乱に陥れた魔法事故と瘴気災害が最初に起きた地だ。そのためシュチパリア人そのものが呪われているとか、魔法使いだとかいう噂がまことしやかに流れていて、差別に遭うこともけっこう多い。
「あたりまえだ。呪いも魔法も、ただのおとぎ話だ。滅多なことを言うな」
今度は真剣に否定された。どうやら差別意識から疑っていたわけではないみたい。
それでもちょっと面白くなくて、余計なことを言ってしまいそう。ここは大人しく口を閉じていて、交渉は相棒に任せておくことにしよう。
「それならば良かった。失礼しました。シュチパリア人と知られると色々言われることが多いので……」
「いや、こちらこそ失礼した。そういうつもりはなかったんだ。
「
さらっと
もちろん、今は呼び名にこだわってる場合じゃないから何も言わないけれども。
ちなみにサグルは鷹、バーズは隼の意味だ。イリュリアはかつてのシュチパリアの首都で、うちの部隊のメンバーはこれをラストネーム代わりに名乗るしきたりになっている。
「打撲や骨折だけの人はここで処置できるが、輸血や手術となるとできることが限られる。医療用テントで応急処置だけはしたが、一刻も早くアルファーダに運ばなければ危険な患者が3人。患者はこちらの車両に乗せるので、君たちには護衛を頼みたい」
「かしこまりました。他の護衛は?」
「
「了解です。ファティラから北西に抜けるルートが道は一番良いですが……」
「あっちだと、どうしてもアルビタールの近くを通らなきゃいけないよね」
「さすがに怪我人を抱えて敵の拠点の近くを通る度胸はないな。さらに北に回るルートなら俺たちの勢力圏だけを通っていけるが……」
「峠をいくつも越えなきゃならないから、さすがに今の季節に夜通るのは危険すぎるよ。道が悪いからどうしても激しく揺れるし、患者さんに負担が大きいんじゃない?」
「ここから東の斜面を降りていくルートが最短距離だ。平坦な道を通れるから患者への負担も少ない」
「それだとナフラを通りますよね。あそこは昔から血統派の住民の街です。近くに敵の陣地もありますし、待ち伏せされる可能性も」
「だが、そこさえ乗り切ればすぐに解放同盟の勢力圏だ。しかもずっと平地の整備された道を行ける」
「わかりました。ハキム師もそのルートで了解を?」
「ああ、既に話はついている。患者を移送する準備をするから、君たちも準備してくれ」
「了解。では後程」
話を終えて教会を出ると、車に向かう途中で不意にぽすんと肩を叩かれた。
「他の人間はともかく、俺にとってのお前はイリムだ。他の何者でもない」
振り向いてまっすぐな視線を向けてくる。ほんの少し混じった気づかわしげな色。
「誰が何と言おうが、お前は俺の大事な幼馴染で、相棒だ。それだけでは足りないか?」
さっきの呼び名のことで、心配かけちゃったみたい。何も言わなくても、ちゃんとわかってくれてるんだ。
何だかわだかまりを抱えていた僕が馬鹿みたい。彼が僕をそう思ってくれてるなら、他の人にとってはただの道具でもなんでもいい。
モヤモヤが嘘みたいに消えて行って、しぼみかけてたやる気がまた湧いてきた。
「ううん、充分すぎるくらい」
「そうか」
彼はほっとしたようにうなずくと、また前を向いて歩きだした。
「ね、グジム」
「うん?」
「僕にとっての君も、グジム以外の何物でもないよ。僕の大事な幼馴染で、相棒のグジム」
「ああ、知ってる」
先を行く彼の耳がほんのり赤い。珍しく照れてるみたい。
「雪道、それも急坂を降りるからしっかり用心していかなくちゃね」
「ああ、運転は任せた。お前ならやれるはずだ」
「うん、だからしっかり守ってね」
「もちろんだ。さあ、患者の支度ができる前に、こちらもさっさと支度をするぞ」
「あ、待って」
照れたように足を速めた彼を慌てて小走りになって追いかける。
頭上には満天の星。降り注ぐ光が雪に覆われた村を冴え冴えと照らす。
「見て、流れ星!」
その輝く星々の間を銀色の光がよぎって僕は歓声を上げた。
――どうか移送が上手くいきますように。患者さんが助かりますように――
光が消える前に思い浮かべた願いを、神様が聞き届けてくださると良いのだけど。
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