高山の鳩(6)

「命中。次、装填手。即座に撃て」


 砲弾を抱えたままの敵兵が、崩れ落ちる味方に気付いて目をむいた。そのまま何か叫ぼうと、大きく口をあけたところで血煙が上がる。続けざまにボルトを前後。五発しか入らない愛銃の弾倉に弾は既に、ない。

 次の7.62mmRを排莢口から入れ、閉鎖。


「――命中。次、照準を五メートル左へ。目標、最後方の兵」


 スコープを覗いたままの相棒グジムの、囁くような低い声。


「返事はいい。呼吸を乱すな」


 応えの代わりに素早くボルトを操作する。息は浅く保ったまま。

 もわりと広がる硝煙と、宙を舞う黄金色の空薬莢。硫黄臭い白いもやが、いくつもの渦を描いて消えていく。


 「次」の砲は今の目標から5m。彼のタイミングにぴったり合わせなければ。双眼鏡を持つ男にレティクル照準線を重ねる。

 息をたっぷりと吸いこんで、細く細く絞って吐く。


「目標、敵小隊長。タイミングを待て――」


 目標の前の装填手が弾をこめる構えを見せる。

 すぃっと細められた相棒グジムの碧い瞳が鋭さを増して輝いた。

 砲弾を持つ兵士に動き。発射の動作だ。


「撃て」


 彼の声に指が勝手に反応する。発射音は谷間にこだまする轟音にかき消された。

 閃く迫撃砲の発射炎。同時に飛び散る赤いしぶき。ボルトの操作音と共に飛び出す空薬莢。



 また破裂音。自動車のタイヤがパンクしたみたい。音と一緒に砲手と副砲手も物言わぬ死体の仲間入り。


「命中、次だ」


 照準を左に。同じようにして砲の後方にいる指揮官を真っ先に。次は立ったままの装填手。しゃがんだ姿勢の砲手と副砲手はその後で片付ける。空薬莢が舞う度に、一人ずつ崩れ落ちる敵。


 さすがにおかしいと気付いたのだろう。他の迫撃砲に取りついていた連中が後ろを振り返り、一拍置いてから一斉に走り出した。


「目標、逃走中の兵士、任意に撃て」


 彼の低い声に応えて、スコープの中で全力で走る兵士に照準を合わせる。


「一人たりとも逃がすなよ」


 経験と感覚が、走る目標のやや前方を見定め……指が自然に引き金を引く。肩に反動。

 何かにつまづいたように転がる兵士。排莢。装填。閉鎖。



「命中、次……」


 彼の言葉を待たずにまた一人。

 排莢。装填。閉鎖。機械のように繰り返す。

 ボルトを猛烈な勢いで前後。空薬莢が宙を舞う。地面に落ちる前にもう一発。撃ったらすぐまたボルトを操作。


 そこから先は早かった。パニックを起こして逃げ惑う兵士が一人、また一人と赤い霧をまき散らす。雪原に次々と咲く赤い花。最後の一人が足をもつれさせて倒れこんだ。そのままひざまずくようにして振り返ろうとする。


 その、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔の真ん中に、最後の弾がめり込んだ。


「迫撃砲部隊の全滅を確認。撤収するぞ」


 スコープから目を離した相棒が、硬い声で任務の完了を告げた。ガラガラと散らばった空薬莢を集めている。


「急ぐぞ。派手に撃ちすぎた」


 たしかに派手にやりすぎた。近くに他の敵がいたら、間違いなく僕たちの居場所は知られてる。

 手早く伏せていた雪の跡を手帚で消すと、慎重に森の中まで後退する。今のところは気になる気配も音もない。どうやら無事に敵を殲滅できたようだ。


「これで、村も安心だね」


 ほっとしてつい笑顔になった。


「……ああ、そうだな」


 相棒の返事は苦笑交じり。ちょっと呆れてるのかな? 能天気すぎたかも、と少し反省。


「まったく、お前はとんでもないやつだな」


「え?」


「あれだけの速射を苦もなくやってみせるんだから」


 あれ? なんだか褒められてる?


「そ、そうかな?」


 でも「やれ」って言ったの君だよね? できるって確信してるから言ったんでしょ?


「ああ、よくやった」


 なんかほっぺたが少し熱いな、と思ったら、相棒の表情が少し柔らかくなった。作戦中はナイフみたいに鋭かった眼光が、晴れた空みたいな優しい色に戻ってる。


「これで村はひとまず安全だ。お前のおかげだぞ」


「君のおかげだよ。いつもありがとう」


 いつもの彼に戻ったのが嬉しくて、自然に頬が緩んでしまう。こうやって僕が戦い続けられるのは彼のおかげだ。

 いつだって守ってくれている。生命はもちろん、僕の心までも。


「よ……よし、少し危険だが残った迫撃砲を破壊しに行こう。爆薬はないが、撃針を折るか、照準器を叩き壊すぞ」


「そうだね。手榴弾を砲口から放り込んでも良いかも。彼らの装備から探してみるね」


 照れた様に生者のいなくなった砲陣地に目を向けた彼にうなずいて、茂みから立ち上がろうとした次の瞬間。

 ぞわり。全身が総毛だった。視界の隅で何かが光る。


「伏せて!?」


 考えるよりも早く身体が動いた。彼に飛びついて伏せると、そのままごろごろと斜面を転がる。


「ど……どうした!?」


 僕の顔を見た彼の顔色が一変する。


「何があった!?」


「ぞわぞわする。この感覚、間違いないよ」


「……奴か!?」


「うん、この間の重機関銃をやった時の、あの感じ」


「くそっ……どこだ!?」


 ずるずると這うように森の中に退避しつつ、相棒も左右を落ち着きなく探っている。この雰囲気……何かに見られてる。すごく嫌な視線だ。きっと彼も感じてるはず。


「あの時言わなかったけど、重機関銃を狙撃した帰り道……トラックの荷台から見たんだ。山肌がまたキラッと光るの」


「何だと!? 帰投先をつけられていたのか。それであんな……」


 やっぱり変。いつもの余裕が全然ない。


「どうしたの? そういえば一昨日なんだか様子がおかしかったけど、何か関係ある?」


 逸らされた視線に嚙み締めた唇。彼らしくもない。

 ごまかされないぞ。彼の正面に回ってしっかりと目を合わせる。

 ……しばしの沈黙の後、しぶしぶといった風情でようやく口を開いた。


「……実は、SNSに警告メールが来たんだ」


「え?」


「派手な花火が好きなようだが、用心することだ……と。お前の素顔が添付されていた」


「そんなことがあったの!? 早く言ってよ!!」


 たしかに、彼があんなに動揺をあらわにするなんて、たぶん初めて見た。おかしいとは思ったものの、あからさまに聞かれたくない様子にあえて何も気づかないふりをしたんだけど……


「一人で抱え込まないでよ!! 僕たち、相棒だろ!?」


 守られてばかりで信頼されてない。そんな事実に目の前が暗くなる。やっぱり僕はお荷物でしかないんだ……


「それを言うなら、お前だって帰投中にそんなものを見たなんて一言も言わなかっただろう?」


 血を吐くような、苦し気な声。


「俺はそんなに頼りないか!? 俺はただ……お前を不安にさせたくないだけなのに……」


 悔し気に唇を噛む彼を見て、ようやく気付いた。綺麗な碧い瞳が曇ってる。

 大事な相棒だから、笑っていてほしくて。心配をかけたくなくて。自分一人で抱えられるものなら抱えておこうと黙っていた。

 それはきっと彼も同じことで。でも、それが余計にお互いを不安にさせてしまったんだ。


「ごめん……黙ってて悪かったよ」


 申し訳なさで彼の顔が直視できない。


「でも、何も話してくれないのは不安だし、悲しい」


「……すまん。俺も悪かった」


「ね、もっとちゃんとお話しよ?」


 意を決して彼の瞳を覗き込むと、またいつもの澄んだ碧を取り戻して柔らかく微笑んでくれた。


「ああ。しかし、その前にここを切り抜けなければな」


「うん……そうだね」


 笑って頷きあって、肘をうち合わせるいつもの合図。


「あ、雪」


「吹雪いてくる前に戻るぞ」


「うん」


 砂蜥蜴スナトカゲよりも目立たぬように。飛兎トビウサギよりもすばしっこく。僕たちは手を取り合って山に向かった。


 粘りつく視線がずっとまとわりついて、僕らは立つことも、目立つ稜線を越えることもできなかった。平原を覆う茂みの中を、二人でずっと這って後退していたから、村に帰り着いた時にはもう夕闇が空を覆っていた。

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