【閑話】狼狩りの季節

『……』


「よし、やったぞ!!」


 通信機に耳を当てていた指揮官が快哉を叫んだ。


「シビュラ村落内への着弾を確認!! 今日こそ忌々しいティルティス人どもを焼き払うぞ!!」


 山頂付近のわずかな平原に陣取った迫撃砲部隊は湧きたった。何しろあの「高山の王者ハキム師」率いる「森林狼ティルティス旅団」を殲滅する絶好のチャンスだ。


 森林狼ティルティス旅団……もともとは遠い北の大国、リリャールからの独立を求める、草原の小さな部族の反乱分子だった。彼らの運動はやがて大規模な独立戦争へと発展して……

 何年も続いた内戦の末、主導的な役割を果たした者たちが、仮の自治権を認める条件として国外追放を受け容れた。そして流れ着いたこの砂漠の国で、政府軍を支援するために仇敵リリャールから派遣された連中と出くわしたのだ。

 そのまま彼らが反政府勢力に加わったのはごく自然な成り行きと言えよう。


 山間の、道とも呼べぬ森の隙間から、濃霧と共に現れる地獄の使者。

 山岳戦において、彼らの右に出るものはまずいない。白地に緑色の狼のシルエットが描かれた奴らの部隊章タグは、この山脈では死と恐怖を意味している。


「奴らには今までさんざん煮え湯を飲まされてますからね。今度こそ根絶やしにしてやりましょう」


「そうそう。ここまで不意を打てたのは初めてですよ」


「でも、あそこには民間人もいるんじゃ?」


 年若い隊員が表情を曇らせる。


「奴らと仲良しこよしなんだ。あいつらの仲間も同然だろ?」


「そうだそうだ。奴らのガキなんか産まれちゃ迷惑だ」


「まとめて燃やせば証拠も残らん」


「そうそう、一匹でも逃せばまた山に逃げ込んで好き勝手暴れられるぞ」


 標的は自分たちと同じ人間ではない。そんな空気に飲まれ、いつの間にか誰も疑問を口にしなくなった。


「去年も空爆で山ごと焼いたっていうのに、すぐに舞い戻ってきやがって」


「どこぞの穴に潜り込んでるんだろ、ネズミみたいに」


「あの山、洞窟だらけですからね」


「まったく、チョロチョロと鬱陶しいんだ。野蛮人の分際で」


 去年はリリャールの誇る攻撃ヘリや機甲兵力まで総動員したのに、結局この山を制圧することはかなわなかった。前回だけではない。その前も、そのまた前も……奴らがこの山に巣食うようになってから、一度たりとも追い出すことができたためしがないのだ。決して戦力の出し惜しみをしている訳ではないにも関わらず、だ。


 しかも、戦況が落ち着いた今となっては、国際社会とやらの目が厳しくて、あまり派手な作戦は実行しにくい。地形を変えるような空爆は、本国から厳しく戒められてしまった。


「しかし、いくら山で強いあいつらだって雪の中じゃ好き勝手には動けまい」


「いつもは呑気に機甲師団や航空機の数を揃えてから攻めてたから、あちらも事前に察知して待ち構えていたんだ。今回は大きな兵力の移動はなかったから不意を打てたな」


「とにかく、今日こそはこの山を落とすぞ。シビュラを落とせば山頂のファティラは目と鼻の先だ」


「今度こそあのうっとうしい榴弾砲を始末できますね」


 アルターイラ山の頂にあるファティラ村には、榴弾砲と対空砲が鎮座していて、山のふもとにむかってにらみを利かせている。おかげで平原を行軍する機甲兵力が狙い撃たれ、アルファーダやサラフットなどの主要都市に近寄ることができないのだ。


「ああ、あれさえ落とせばバシールも……アルファーダやサラフットだって一気に攻略できる」


 大いに士気のあがった部隊は次々と砲撃を続けたが、ふいに指揮官が受話器を無線機を叩きつけた。真っ青を通り越して青白い顔で、通信機を呆然と見ている。


「何事だ!?」


「通信が途絶えた! 観測員がやられたらしい!!」


 とたんに部隊に動揺が伝わる。


「くそっ!! 村からは一キロ以上離れて配置していたはずなのになぜだ!? やはり山では奴らにかなわないのか!?」


「ど、どうする?」


「て……撤退するか……」


「 いや、狙いは村全体だ。既に命中させているんだ、さっきの諸元通りに撃てば中てられる」


「そ……そうだ。せっかくシビュラを落とせそうなところまで来たんだ。このチャンスを逃せば次はいつここまで迫れるか……」


 まさに千載一遇とはこのことだ。数年来の悲願を今果たさなければ、いつ果たせると言うのだろう。


「全弾撃ったらすぐ逃げればいいんだ。あと10分もあれば全弾撃ち尽くしてからでも撤収できる!!」


「そうだな、奴らは大所帯で隊列組まなきゃ動けないノロマばかりだ。いつも通りすぐに撤収すれば問題はない」


 このところ『森林狼ティルティス旅団』に追われたところで素早く逃げ切れているという自信が、やや無謀な決断を呼び寄せた。


「砲撃再開だ!」


「よ、よし! ティルティス人を全て焼き払ってやれ!!」


「了解!!」


 六門の迫撃砲は、一斉に砲撃準備を始める。


「射撃用意! 半装填!」


「半装填、準備よし!」


 いさましい掛け声とともに装填手が弾を砲口に入れて保持する。


「全門準備よし!」


「撃てェ!」


「発射ァ!!」


 装填手が頭を下げて発射ガスを避ける。すさまじい音圧と衝撃波。あたりの空気がびりびりと震えて耳の奥が痛い。


――ダーン


 閃く発射炎と同時に響く轟音。


「持ってきた砲弾、全部撃ったらさっさとずらかるぞ!!」


 最後尾の迫撃砲でも指揮を執る分隊長が声を張り上げた。

 響きっぱなしの轟音に負けないよう、ずっと怒鳴りっぱなしなので喉が張り裂けそうだ。


「了解!」


「次弾、用意!」


「半装填、準備よし!」


 各迫撃砲から報告が入る。即座に発射命令が下りる――はずが、一拍の空白が生まれる。なぜか「撃て」の命令がない。


「……準備よし、です!!」


 いぶかしんだ装填手が思わず振り返り、息を飲んだ。

 分隊長が倒れている。その頭からとめどなく溢れる赤い液体。


「……ッ!?」


 絶叫を上げようと大きく息を吸いこんだところで意識が途切れた。風を切って飛来した7.62mmの弾頭が、彼の頭を貫いたから。

 抱えていた弾が砲口からごろりと落ちる。


 いきなり血煙をあげて倒れた仲間を見て、砲手と副砲手が腰を抜かしそうになった。そのまま絶叫をあげようとして……彼らも頭に赤い花を咲かせてその場に崩れ落ちた。


 他の五門の砲は気がつく様子もなく、砲撃を行っている。

 絶え間なく響く轟音はそそり立つ山肌に反射し、際限なくこだまする。おかげで衝撃波で耳を痛めている彼らは紛れ込んだ遠方からの小さな射撃音に気付かない。

 

「半装填! よし!」


「撃て!!」


 砲音が轟く。その瞬間、砲列の最後尾の一人が崩れ落ちる。すかさずまた一人。


 再び、砲撃音。迫撃砲の発射間隔は短い。砲口から弾を落とし入れるだけなのだから、他の砲は次々に射撃を行っていく。

 撃つ度に、後ろの隊員から死んでいった。自分の部下――装填手、砲手が死んでいることに気が付いた分隊長が声を上げる間もなく、血潮を上げて死体になる

 残り四門。

 

 ……彼らが異変に気付いた時には、六門あったはずの迫撃砲は、たったの三門になっていた。


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