高山の鳩(4)


 険しい山に囲まれた美しい峡谷は、敵が撃ち込んだ迫撃砲のせいでめちゃくちゃだ。

 この間来た時は、ブドウやリンゴ、イチジクがたわわに実って、収穫でいっぱいの籠を抱えた子供たちが元気に走り回っていたのに。


 白くて四角いかわいらしい家々は、崩れ落ちてただの石の山になってしまった。果樹園の樹々はなぎ倒され、そこらじゅうに大きな穴があいている。


「いた、子供だ!!」


「よし、引っ張り出すぞ!!」


「くそ!! 火の手が!!」


「来たぞ!! 伏せろ!!」


 あちこちから火の手が上がっていて、森林狼ティルティス旅団の人たちが必死に消火しているが、その間にも砲弾が降り注いでいる。そのせいで救助活動も遅々として進まない。


――おじさんが僕たちに「頼みたい」と言っていたのはこのことだったんだ。


 さっきちらっと聞こえた『迫撃砲を抱えた熊』。ここを襲ったのはリリャールの連中らしい。

 どうして何千キロも離れた遠い北の国の連中が、この砂漠の国で好き勝手やっているんだろう。政府軍から頼まれて協力してるってことだけど、僕の目にはここで兵器の運用試験をしているようにしか見えない。

 それも、反撃の術を持たない民間人を相手に。


――ヒュルルルルル……ズズゥゥゥゥン――


 こうしている間にも、頭上を砲弾が飛び越えて、着弾と共に大地が震える。救助活動中だった仲間が爆煙に消え、回復した視界に吹き飛ばされて転がった幾つもの人だったものが映る。

 腰から下がちぎれてなくなってる上半身。その腕の中には最後まで手放すことのなかった小さな子供。


 ――許せない。絶対に、許しちゃいけない!


 戦争は戦士どうしでやるべきものだ。関係ない村の人を……それも、何の罪もない子供たちを狙うなんて。


  部族の争いでめちゃくちゃになった故郷の村を思い出す。父親のいない僕の家は、食べていくだけでも大変だった。戦争で畑も牧場もボロボロ。女子供だけでできる事なんて限りがあるわけで。

 お隣のグジムの家族が食べ物を分けたり、畑の手伝いをしてくれなかったら、きっと成人する前に飢えか寒さで死んでいたに違いない。


 生き残った子たちに同じ思いをさせないためにも、これ以上の砲撃は防がなくっちゃ。今すぐに!


 怪我をした人たちの救助はおじさんたちの仲間がやってくれる。

 でも、広い山のなかをチョロチョロ動き回って砲弾を降らせてくる『熊』は、おじさん達では捕捉しきれない。大人数の部隊は山で動くには遅くて、不向きだから。


 だから身軽な僕たち二人が見つけ出さなくっちゃ。

 遠くにいても、僕なら……僕たちなら、奴らを見つけさえすれば必ず仕留めることができる。僕たちにしかできないことなんだ。

 危険かもしれないけど、絶対にやらなくっちゃ。


 一刻も早く飛び出したいところだけど、奴らは広い山の中を動き回っているはずだ。やみくもに走り回ってもすぐ逃げられちゃう。

 確実に見つけるために、まずは奴らのいそうな場所をある程度絞り込まなくっちゃ。

 乗ってきたトラックの荷台で地図を広げ、コンパスを取り出す。


「砲撃、西の山から来てますよね」


「ああ。しかし発射音も爆炎も見えなかった」


――ズゥゥゥゥン……パラパラパラ――


 また砲撃。砕けた建物のかけらが降ってくる。


「こっちからは見えないところから撃ってきてるね」


「山を越える弾道、発射音も爆炎も見えない……これは――」


 相棒グジムの眼がすっと細くなる。


「ああ、間違いない。迫撃砲特有の攻撃だ」


「山の向こうから撃ってるとして……その割に、しっかり当てて来てますね。と、いうことは……」


「……いるね。観測員」


「なるほど、それで正確な砲撃ができているのか」


 この村の西側にそそり立つ急斜面は、頂上まで200mほど標高差がある。あの山を越えて確実に当てるためには、こちら側の斜面で現場を目視し、着弾点との誤差を計測して修正する必要がある。


「……ということは、斜面のどこかだな」


「えっと……この迫撃砲の射程って5㎞くらい?」


「確実に当てるためはもっと近寄ってるでしょうね」


「ああ。この辺りの地形や砲撃の正確さを考えると、3㎞以内に入り込まれてると考えて良いだろう。となると、観測員がいる場所は絞り込める。恐らく、ここから1㎞ほどのところにいるだろうな」


「なるほど、自動小銃の射程外だ」


「つまり、奴らがいるは……」


 シャーっとコンパスで円を描く音。


「この円の中、ですね」


「ここから3kmがこっちで1㎞がこっち……と」


「あまりに急な斜面では砲撃はおろか観測もままならないだろう。この崖周辺は除外しても良さそうだな」


「やはり傾斜が緩やかな場所でしょうね……となると」


 あまりに斜面が急なところは姿勢を安定させられないから、観測にも砲撃にも向いてない。そういうところを除外していくと、ほんの数か所に候補が絞られた。


「ここか……このあたり?」


「だな。次の砲撃が来る前に確認するぞ」


 三人そろって双眼鏡であたりを見回すと……


「……ん、あれ……」


「見えた!?」


「いや。でも、あそこしかないだろう」


 相棒が指さしたのは崖の中腹を縫うようにして走る道路の脇。急な斜面から少しだけ張り出した場所がある。杉や杜松ネズが生い茂る中、そこだけ少し木がまばら。ちょうどここから1㎞ほど。おじさんたちがよく使う自動小銃ではギリギリ届かない、絶妙な距離。


「あ、光った!」


「間違いない。反射対策をしてないなんて、迂闊な連中だな。」


「ええ、あそこに奴ら観測員がいる」


 すぐにも狙い撃ちたいところだけど……


「この間の対物アンチマテリアルライフルは?」


「ダメ。この間の射撃でスコープがおかしくなってた。試してみたんだけど僕じゃ直せないや」


 色々な火器の部品を使ってとことんカスタマイズしてあるから、僕や部隊の仲間ではちょっと手に負えない。雪が解けたらおじいちゃんのところに持って行って直してもらわなくっちゃ。


「くそっ……それでは」


 そう。せっかく見つけた観測員だけど……


「ここからでは無理か。なら……」


 愛用の木製狙撃銃を握りしめる。おじいちゃんが僕のために作ってくれた、世界でたった一つしかない宝物。何度も仲間や僕自身の生命を守ってきた……そして数えきれないほどの敵の生命を奪ってきた、僕の必殺の武器。


「やはり、いつものだな」


「うん。行くしかない。この銃の射程内まで!」


「よし、急ぐぞ!」


 相棒が自動小銃を担ぎなおす。視線を合わせて頷きあうと、同時に雪を蹴って森へと駆け出した。


「行こう。村がなくなっちゃう、その前に」

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