高山の鳩(2)

 相棒グジムと部屋でのんびりしていたら、隊長の古い盟友のハキムおじさんが僕たちを訪ねてきてくれた。この間の作戦でも協力したティルティス人部隊の司令官で、とっても人望が厚いから「高山の王者」なんて呼ばれてる。

 この国に来る前はリニャールからの独立戦争に参加していて、亡命しているティルティス人にとっては希望の星みたいな存在らしい。もちろん、僕もこの歴戦の戦士を尊敬してる。せっかくだから色々な話を聞かせてもらおうと思ってたんだけど――


「お前はいいから、ちょっとチャイを淹れてきてくれないか」


 そう言い出した相棒に部屋を追い出されちゃった……。

 

 そんな訳で今、台所で一人ぼっちでお湯を沸かしてる。たぶん、僕には聞かせたくない話があるんだろう。


 彼は時々こうやって僕には聞かせないようにして、隊長や他の部隊の指揮官と話をする。もちろん、僕を守ろうとしての行動なんだとわかっているけど、それでもモヤモヤしたものが湧いてくるのは否めない。

 僕らに何か頼みたいことがあるとおっしゃってたな。おじさんのお役に立てるなら喜んで引き受けるつもりだったんだけど……。

 ごまかすように鼻歌を歌ってみたが、全然気分は晴れないまま。やっぱり自分のことは騙せないみたい。


「あ~あ。僕っていつも子供扱い……信頼されてないのかな……」


 ついついため息をついてしまうと、ぱさぱさと軽い羽音がして、ふわりと何かが頭の上に乗った。


「スゥド、ついてきたのかい?」


「くるるるる」


 スゥドはハキムおじさんがいつも連れている伝書鳩で、青みがかった濃灰色の身体に胸元から顔にかけての白い模様が美しい。一見ただの凛々しくてきれいな鳥だけど、実は賢くて頼りになる伝令兵でもある。

 現代の戦場では無線や携帯電話での通信は、必ず傍受されていると思って良い。だから本当に大事な情報は、電波でやりとりされる大量のダミーに紛れさせて、スゥドが直接届けてくれるのだ。


「お茶を淹れるから少しだけ待っててね。やけどしたら大変だから」


 声をかけると僕の頭から飛び立って、台所に置かれた椅子の一つにちょこんと乗った。そのままうずくまって、せわしなく小首をかしげながら僕の顔を見上げてくる。つぶらな瞳が愛らしい。


「大丈夫、君の分もちゃんと用意するからね」


 朝ごはんのヨーグルト粥に入れる燕麦を少し取り分けて皿に盛る。小麦は粘り気が強すぎて鳥が食べ過ぎると病気になっちゃうこともあるらしいけど、燕麦なら大丈夫のはずだ。


 くつくつと沸き立った小鍋から立ち上るお茶とスパイスの香りが落ち込みかけた心を華やがせてくれた。そこに蜂蜜をひとたらし。

 相棒もおじさんも、ああ見えて実は大の甘党なんだ。

 蜂蜜の甘い香りがさらに心を浮き立たせる。


 うちは小さな部隊だし、他の部隊みたいに司令部でみんなと寝食を共にしててもおかしくないのだけれども、僕たちは二人でくつろげる時間も持てるようにと、ちゃんと個室をあてがわれている。

 スタミナと集中力が必要な狙撃兵はオンオフのメリハリが大切だから、との隊長の気遣いだ。大事にされているのはわかっている。


 席を外させられたのだって、僕に嫌な話を聞かせたくないから。

 僕を必要以上に危険に晒さないよう、いつも相棒グジムがあちこちに気を配って手回ししてくれているのはわかっている。


 本当に必要な事だったら、二人ともきちんと話してくれるはずだ。

 戻ったら、思い切って何の話だったか聞いてみればいいんだ。それでも話してくれないなら、それは僕が知らなくて良い……ううん、知らない方が良いことのはず。

 そう思ったら、だいぶ気が軽くなった。


「よし、美味しくできた。おじさんたちに持っていこう」


 声をかけるとスゥドがふわりと頭に乗ってきた。そのままとっておきのお菓子をお皿に並べて、ポットとカップも少し良いものを出そう。二人とも、喜んでくれるかな……そんなことを考えながらトレーに食器を並べていると、ふいに頭の上に乗っていたスゥドが突然羽ばたき、飛びあがった。


「うわっ!? ど、どうしたの!?」


 スゥドが慌てたような声を出しながらそのまま部屋に一直線に飛んでいく。このままじゃ扉にぶつかっちゃう!

 慌てて追いかけてドアを開けると、おじさんと相棒が目を丸くして振り返った。


「どうした?」


「わからない。わからないんだけどスゥドが……」


――シュゥゥゥーッ――


 困惑したままの僕の頼りない言葉を、いきなり鋭い風切り音がさえぎった。全身に鳥肌が立つ。


「伏せろっ!」


 おじさんのどなり声と共に相棒グジムに押し倒され、転がるように床に伏せた。


――ズズ……ン――


 一拍遅れて鈍い音。伏せた身体に大地の振動が伝わってくる。びりびりと震える窓ガラス。これは……


「……爆撃!?」


「いや、違う」


――シュゥゥゥーッ……ズズ……ン――


「砲撃だ!! 目標はここじゃない……つまり」


「行くぞ!! 村が危ない!!」


 相棒とおじさんは口々に叫びながら家を飛び出した。トラックの運転席に乗ったおじさんに続き、僕たちも次々と荷台に飛び乗る。そのまま急発進……振り落とされないよう必死で荷台にしがみついた。


 何が何だかわからないけど、とんでもないことが起きてるみたい。

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