尾根の葡萄(ブドウ)(3)
翌々日。かねてから予定されていた作戦のため、渓谷に向かう。あらかじめ作戦会議でおおまかなお話は聞いているけれども、念のためトラックの荷台で現地に向かう間に相棒と確認しておかなくっちゃ。
「今日の任務は峡谷でティルティスの突入部隊との合同作戦だよね?」
「ああ、レウケアクテ側入口の村近くに政府軍が陣地を作り始めたんだ。そこを叩く」
「え?めちゃくちゃ迷惑じゃない。もう冬支度しなきゃいけない時期なのに」
そろそろ雪が降り始めてもおかしくない時期だ。今のうちに冬を越すために必要な食料や燃料などを用意しておかなくっちゃ。
雪が深くなってしまってからでは、山から下りるだけでも一苦労だ。
「まったくだ。簡単なものだがトーチカもどきもあるらしい」
「うわ。ずっと居座る気だね、それ」
「ああ。そこに鎮座している機関銃をなんとかするのが今回の任務だ。危なくて村人も近寄れない。これでは冬支度のために街に買出しに行くこともできないぞ」
大変。このままじゃ、渓谷沿いの村の人たちがみんな冬の間に凍え死んじゃう。早く追い出して、みんなが安心して通れるようにしなくっちゃ。
「任せといて。そいつさえやればいいんだね」
「ああ。あとはティルティスの連中が制圧してくれるはずだ。確実に頼むぞ」
「もちろんだよ」
相棒にしっかりうなずいてからトラックを降りると、今日はいつもよりもふた回りは大きい装備をかついで彼の後をついていく。急な斜面に生い茂った林の中の、人一人がようやく通れる程度の狭い道を踏みしめて山をよじ登ると、急に樹木がまばらになって明るい場所が見えてきた。
今日のために航空写真と地図をもとにして決めておいた、狙撃ポイントに到着したんだ。念のため、二人のスマホで場所を最終チェック。敵のおおまかな座標もしっかり確認してからうなずきあう。
「このちょっと先だね」
「ああ、間違いない。危険ですから皆さんはここから前には出ないで。我々の作戦の妨げにもなります」
「声、出さないでくださいね。気が散ると狙撃の精度が落ちちゃうので」
林の中のやや奥まったところで撮影班の人たちには待機してもらう。簡単に注意事項を伝え、彼らが黙々と機材の準備に取り掛かるのを確認してから、僕たちも狙撃の準備にとりかかった。
山肌を覆い尽くす木々が僅かに薄くなった場所を目指して、僕らは腰を落として慎重に近づいていく。ゆっくり、ゆっくりと這うように。
もう、僕らを覆い隠してくれる木々も、茂みもさっきよりはずっと少ない。今、あせって早く動けばすぐに見つかっちゃう。
でも僕は――僕らは違う。そんな迂闊なことは、絶対にしない。
難しい任務の時ほど、基本にあくまで忠実に。全ての動きを慎重に、瞬き一つすらていねいに。ほこり一つも動かさないよう、細心の注意をはらって。徹底して、あたりの風景の一部になりきって。
いつだってそうやって行動してきた。だから今日まで生き延びてこられたんだ。
装備を引きずりながら、次第に視界が開けてくる。そこは切り立った崖だった。眼下には、草原と白い岩が果てしなく続いている。この国で生きてきた僕たちには見慣れた、ありふれた光景。遠くで陽炎が小さく揺れている。
目標はすぐに分かった。広大な草むらに石と土嚢をこんもりと積み上げた小山みたいなもの。そこにいる「何か」がひっきりなしに乾いた音と共に閃光を瞬かせていて、そのたびに周囲の地面から乾いた砂煙が爆ぜる。
あれが、隊長の言っていたトーチカだ。ぽっかりと穿たれた横長の
「だいぶ遠いのに、ここまで大きな発射音と発砲炎が届くなんて……ただの機関銃じゃないね。
風に乗って時おり叫びのような音がするのは、もしかしたら既に前進を開始している友軍の断末魔なのかも知れない。脳裏に浮かんだのは、あそこにいるはずの仲間たちを指揮している、隊長の旧友の人懐っこい顔。僕たちの事も家族同然に可愛がってくれている。彼らがあの重機関銃の餌食になっているのかも。
もしそうなら、一刻も早く何とかしなくっちゃ。
「間違いないな。あいつがひっきりなしに撃ちまくってるせいで突入部隊が身動きできずにいる。いけるな?」
「もちろん。任せといて」
相棒の信頼のこもった言葉に力いっぱいうなずいてみせる。
目標まではたかだか2km弱。林の中だからちょっと視界が悪いけど、おかげで敵に見つかる心配もないし、かえってありがたいくらいだ。今日は動かない目標だから、動き回るものを撃たなきゃいけないいつもの任務よりはだいぶやりやすい。
「よし、ここから狙うぞ」
「うん」
いつもの
それを、たかだか2km弱と言ったのには、ちゃんとした訳がある。
背負ってきたずっしりと重い帆布製のギターケースを開けると、その訳が僕らの前に姿を見せた。
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