尾根の葡萄(ブドウ)(2)

 午後のお茶会で隊長や年長の仲間からいろいろな話を聞かせてもらった後、相棒を連れて広報部隊の部屋に行った。


「うわ、すごい」


 相棒が目をみはって歓声を上げる。部屋を埋め尽くす機材の数々は圧巻だ。


「音響資材もできる限り良いものを揃えているからな。なかなか見事だろう」


「パソコンもいっぱいあるね。モニタの数すごい」


「はい。生配信は無理ですが、できるだけ良い状態で発信したいですからね」


「編集したものはしっかり確認しながら最高の状態で支援者の皆さんにお届けできるように心がけています」


「あ、この音楽かっこいいね」


 賛歌に似ているが、現代的でアップテンポの曲だ。スピード感があって、綺麗に伸びる高音が心地よい。伝統的な音楽と、西大陸オクシデントの若者文化が程よくミックスされている。


「これは海外の支持者があなたをイメージして作った曲ですよ」


「え?僕?」


「今まで配信した映像を見てインスピレーションが湧いたのだそうです」


「こうした支援もまた奮励マジュフードですから」


「……そうなんだ」


 そう。多くの人が誤解しているが、前線で戦うばかりが奮励マジュフードではない。思想や信仰を広めて支持者を増やしたり、信者たちの生活を守り、豊かにするために知識や技術を提供するのも、きわめて大切な奮励マジュフードである。


「戦場で本当に何が起きているのか、国外ではほとんど報道されません」


「それぞれの大国が自分たちに都合よく切り貼りした画像に適当な嘘を貼り付けては吹聴し、国民たちはそれを鵜呑みにしているんです」


「それは……その通りだね」


 俺たちがこの国に来る前に目にしたものも、誰かに都合よく歪曲された大嘘ばかりだった。反政府勢力というだけで十把一からげにされて、思想も行動規範も全く違う組織の起こした事件を俺たちの組織の仕業として報じられてしまったことも多い。


「私たちは前線で戦うことはできませんが、その代わりに皆さんの本当の姿を発信して背信者どもにばらまかれた誤解を解きたいのです」


「そのためにも皆さんの普段の姿や、戦場の本当の姿をしっかり映さないと」


「ふ~ん……それがあなた方にとっての奮励マジュフード?」


「その通りです」


 どうやら納得が行ったらしい。目を丸くするばかりだった相棒が、神妙な顔でうなずいている。


「すみません。よく分かってなくて邪魔者扱いしてしまって」


「そんな。我々こそ訓練の邪魔をしてしまってすみません」


「実戦に出る人のコンディションを最優先にしなければならないのに」


「いいえ。相棒の言う通り、このくらいで集中やコンディションを乱してしまったのは僕が未熟だからです。本当にすみません」


 どこか申し訳なさそうにしっかりと頭を下げる相棒。自分に非があると思えば素直に反省して謝罪できる純粋さは彼の美点だ。そろそろ頃合いだろう。

 俺は機材に手をかけて広報の連中に声をかけた。


「さっき撮った映像、軽くトリミングしてしまって良いですか?」


「すみません、そこまでしていただいて」


「いえ、その方が彼も納得が行くものができるでしょう」


 撮ったばかりの動画を細かくチェックして、良いところを切り出したり、明るさや色調を調整したり。俺の作業を横から覗き込んだ彼はまた目を丸くした。


「え?これ僕?」


 画面に映し出された彼は帽子とフェイスガードで顔がほとんど見えないけれど、画面の中を所狭しと力強く動き回っている。夜空を閉じ込めたような瞳がキラキラと輝いていて、真剣な表情がきりりと引き締まっている。我ながら実に良い出来栄えだ。


「わあ、生き生きと撮れてますね。さすがバディを組んでるだけのことはある」


「またファンが増えますね。前の動画も好評だったし」


 俺もそう思う。


「……これ、盛りすぎじゃない? 何をどうしたらこうなるの?」


 自慢じゃないけど、僕はもっと鈍くさいんだけど。そういってはにかむ相棒はほんのりと耳を桜色に染めている。確かにそうしていると画面の中とは別人だな。


「いつも通りだぞ。お前は自己評価が低すぎるんだ」


「音楽をつけるともっとかっこよくなりますよ」


「え、ええ?そんな……僕、かっこよくなんかないよ」


 かっこいいのは君の方でしょ。彼は口の中でもにょもにょと呟くと、恥じらうようにうつむいてしまった。かあっと熱を持った頬を両手で押さえて顔を隠している。


「なるほど、そうやって耳まで赤くなって照れているところは可愛いな」


「もう、からかわないでよ」


 思わず突っ込むと、うっすら潤んだ瞳で精いっぱいにらみつけてくるが、全く怖くない。


「お二人とも本当に仲が良いのですね」


「え、えっと……」


「ほら、そろそろおいとまするぞ。長居してお邪魔になってもいかんだろう」


 真っ赤になったまま何か言いかけた相棒をさえぎって、この場は失礼することにした。彼が納得したのであれば、これ以上ここにとどまる理由はない。


「いえいえ、邪魔なんて。とんでもない」


「ありがとうございます。でも、そろそろ装備の点検と整備もしなければ」


「ああ、そうですね。お忙しいところをありがとうございました」


「こちらこそ。次の作戦でもよろしくお願いします」


「もちろんです。最高の画を撮るようにしますよ。もちろん、お邪魔にならないようにね」


 素直に頭を下げる相棒。納得すれば、ストレートに相手に敬意を向けられる。

 この真っすぐさを彼がずっと抱き続けていられるよう、これからも守っていく所存だ。身も心も、全て丸ごと。



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